※単独でもお読みいただけると思いますが以前UPした衣は新に若くはなく 人は故きに若くはなし
シカマルが落ち込んでいた原因のお話です。



「今日は平和に帰れそうだな〜」
のんびりした口調でコテツさんが伸びをした。
いい加減このメンバーでの資料整理にも慣れてきて、作業にも微妙な役割分担のようなモノが
出来ている。ちなみにこのメンバーってのはコテツさんとイズモさんと俺がメインの三人。
ただ三人揃ってる事もあれば、誰かが欠けている時もある。勿論その他のメンバーがいる場も
あるが大体似たような顔ぶれだ。情報を扱うから仕方ないのかも知れないけど。
「そんな事言うと変なフラグ立ちそうだからヤメロ」
資料の最終チェックで分厚い束を確認していたイズモさんの顔が曇る。
だがそれも被害妄想でもないのが悲しいところだ。ここのところ突発的な仕事がよくまわされて
きて、誰かが引き抜かれたりごっそり連れていかれたりと散々だった。
お陰で数日分の遅れを巻きに巻いて昨日漸く取り戻したところだったから。
本当、今日は平和に帰りたい。
そう思った矢先。
現れたのは暗部だった。
途端、空気が重くなる。
「奈良シカマルはいるか」
「………ハイ、俺です」
若干うんざりと手をあげる。暗部の人には罪はないがつい眉間の皺が深くなるというものだ。
「火影様がお呼びだ。今の仕事を誰かに引き継ぎ次第、火影様の元へ」
「わかりました」
返事を聞くと同時に消え去った暗部と同時に重かった空気が動いた。
右と左、それぞれの肩に手が乗る。
「ま、頑張ってこい青少年」
「お気の毒様」
「あー、すみませんが残りの作業お願いします」
「りょーかい。いやあ、しかし昨日じゃなくて良かったわ」
お前抜けたら絶対作業追いつかなかったわ〜と諦めの入った口調で笑う。
「つか、フラグ立てたのお前な」
「えー」
始まったやや呑気な掛け合いに、この人達単独呼び出しと知った途端同情的な扱いになった
けど結局は他人事なんだよなーと遠い目。先輩だから突っ込まないけど。
どうしても重くなる溜息をついて書いていた書類を置く。
「早く終わっても帰ってこなくていいぞー」
「ありがとうございます」
コテツさんのせめてもの慰めのようなセリフを背中に受けて俺は火影室へ向かった。

かつてはこの部屋の前に、こんな頻度で自分が立つ事があるなんて思いもしなかったなあと
火影室の扉の前に立つ。
地味に、それなりに過ごせたらいいと考えていた過去。
それを変えてくれやがりやった奴が本当にこの部屋の持ち主になれるだろうかとつい余計な
事を考えつつ。
「奈良シカマルです」
中に向かって声をかける。
「来たか。入れ」
珍しく硬質な声に面倒な事になってなければいいと願いつつ、気を引きしめて扉を開いた。
入ってきた俺を確認してシズネさんが綱手様に向かって小さく頷いた。
「人払いをしてきます」
静かに退出した気配を後ろに感じながら予想以上の事態の予感に、心の中でコテツさんに
向かって刺さったフラグを顔面に投げつけてやった。

「お前に頼みたいことがある」
綱手様が珍しく神妙な顔をしているので余計に頭を抱えたくなる。
「…なんでしょうか」
聞きたくないが聞くしかない。
「まあ待て」
静かに椅子の背に体を寄せた綱手様に首を傾げつつ、黙する。
数分もしないうちにシズネさんが再び現れた。
「確認してきました。先程カカシ上忍は任務に就かれました」
「よし」
寄りかかっていた身を起こした現火影様を見やる。
「待たせたな。ではこれから話す事は他言無用だ」
「わかりました」
あえて念押しするような内容でカカシ先生が関わっているような事ってなんだろうなと考える
が全く思い当たらないので次の言葉を素直に待つ。
「…これは多分、お前でなければ駄目な事だ」
「………」
「正確には本来なら別の者がすべき事なんだが、多分無理だろうからな」
言葉に何か苦いものが含まれているようだった。
「どういう事ですか」
一度迷ったように目を伏せたが、再び視線が合わさった時にはいつも通りだった。
「お前は前に、サスケの事で同期の連中と話をしたと聞いている」
「……?」
「お前はサスケを止めると言ったそうだな。勿論“殺す”事も考慮に入れて」
「何で知ってるんすか」
「本当なんだな?」
「…まあ、一応。結局はナルトに止められましたけど」
はあ、と溜息をつく。どうしてこんな話が出てくるのかよく掴めない。
「そうだったな。忍びとしてお前が選択した事は間違ってない。本来ならそうあるべきなんだ
がな。まあそれはおいといて、今回はそれをお前が言い出したという事が大事なんだ」
「なんか嫌な予感しかしないんですけど」
この際なので長い前置きに思いっきり眉間に皺を寄せて言ってみた。
「今回のことも同じだ。いや、それより簡単だろう」
「どういう事っすか」
「そうだな、これは任務というより頼みごとに近い」
「頼みごとですか?」
てっきり任務で呼ばれたのだと思っていたのでやや拍子抜けする。
しかし人払いまでして頼みごとってのも妙だ。
「仮定の、話として聞いてくれ」
「…はい」
「もしも。今度の大戦中にサスケが敵としてではなく、味方又は共闘相手として現れた場合
に奴を否定して欲しい」
「………」
なんとなく読めてきた。
確かに今回の大戦は色んなものが入り乱れたものになるだろう。何が起こるかわからない。
今では考えられないが、もしかしたらそんな事態に陥るかもしれない。
その時。
「それでカカシ先生を…」
「そうだ」
「すみません、シカマル君にこんな事を頼むのは酷かもしれませんが、他に頼める人がいな
いんです」
シズネさんが少し悲しそうに言う。
「最初だけでも構わん、とにかく…」
「わかりました、とりあえず反対すりゃいいんすね」
資料室で出たのより別の種類の、遥かに重い溜息をついた。
里の対応としてはそうなるしかないだろう。
アイツが今までした事を思えば簡単に認める訳にはいかない。
しかし状況的にも戦力的にもサスケ程の力をもった奴と共に戦えるなら戦況は変わるだろう。
戦術的にも本来なら受け入れを拒否する必要はない。
―ただし周りに軋轢を生む可能性は高いが。
だがきっとアイツらなら受け入れてしまう。
ナルトやサクラは当然として、きっと同期の奴等だって。そしてカカシ先生も。
「大人の事情ってやつですね」
ああ本当に面倒くさい事態になった。いっそ投げ出したい気分だがサスケの件で他里の奴に
黙ってボコボコにされたナルトが脳裏をよぎる。
これがだた、里の事しか考えていない利己的な人からの依頼なら断ったかもしれない。
だがナルトを知り、今の里の複雑な内情に頭を痛めつつ、俺みたいな中忍に命令で無く頼み
ごという形で逃げ道を作るような人に言われれば。
そしてこれはきっと“もしも”の場合、ナルトを守る布石にするに違いない。
思わずまた深いため息が出た。
「……わかりました、頭に入れておきます」
「察しが良くて助かる」
「もし、この件でシカマル君が…」
「シズネ」
言いかけたシズネさんを綱手様が止める。
「こいつは全てわかっている、大丈夫だ」
「その時は貧乏くじ引いたって事で諦めますよ」
たとえ反対した事で何かが起きたとしても、それは今考えても仕方がない。
軽く肩を竦めて同意を示す。
「俺がその意見に反対したらどうするつもりだったんですか」
「その時はその時だ。ただナルトに近しく、感情に流されにくい者はカカシを除けばお前しか
いなかったからな」
「買い被りですよ。俺だって…出来ればあの班が元通りになればいい、と思わないでもない
ですし」
「まあな」
そう言った後、綱手様がまっすぐ俺を見た。
「だがお前は必要以上に夢は見ないだろう、最初に頭に入れておけば尚更な」
やや人の悪い笑みを浮かべてられてゲンナリする。
「話は以上だ、帰っていいぞ」
「はい」
密談ともいえない、ただの約束事のような依頼。
それだけなのに何故か気分は晴れなかった。
外に出るといつの間にか、晴れていた空が黒く曇っていた。
「…ひと雨きそうだな」
重い足取りで目に入った軒先に避難する。
トン、と壁に肩をつけて。
みるみる黒い曇が浸食するように広がってゆく空を見上げる。
…もし、そうなった時。
せめて。
ナルトがもう裏切られませんように。
そう思って俺は軽く目を閉じた。