響く秒針は誰の嘆きか
ひびくびょうしんはだれのなげきか
そっと伸ばした指先のその先が、ほんのりと光る。
「ルーク」
「…大丈夫だから」
少し息をつめてから、身を翻そうとするルークの腕を掴む。
「どこに行くつもりなのですか」
行くところなどない筈だ。特に、今の状態では。誰かに見られるなどもっての他なのだから。
「…っ!」
「こんな時に強がりはおやめなさい」
「ジェイド」
「私がここに居ない方が良いなら部屋を出て行きますが」
「ごめん、…」
何故そこで謝罪の言葉が出てくるのも、その次の言葉を飲み込む理由も謎ではあるが、今は
おいておく。
音素乖離の発作をガイ達に見られたくないというルークの願いで、最近の部屋割りはほぼ
固定制だ。
勿論、本当の理由は言っていない。もっともらしく、何かあった時に処置できるからという表向
きの理由で騙しきるしかない。
正直なところそばに居たところで出来る事は何もないのだ。
不甲斐無い、としかいいようがない。
全ての始まりは自分だというのに。
解決どころか、止める術すら知らない
こんな子供に全てを押しつけて。
苦痛を伴う筈のその現象に静かに耐えている。
勿論、苦痛の度合いもその時々による。そっと窺い見るに今回はさほど酷いものではないら
しい。光もすぐに収まり、辺りは元の薄暗闇に戻る。
(俺は大丈夫だから)
いつからだろう。大人びた顔で諦めたように笑うようになったのは。
我儘なおぼっちゃまだと決め付けていたあの頃の方がよっぽど本当の彼らしい素顔だったに
違いないのに、今では思い出すことさえ難しい。
生まれてまだ7年。
(私達はなんと愚かなんでしょうね)
自虐的な後悔は尽きることがない。
こんな子供にいつか全てを背負わせる日が来るのではないか。
あのレム塔の時のように。
死にたくないと震える子供に、残酷な。
「なあジェイド」
ドサリと疲れたようにベットへ横になったルークに思考を中断される。
「…ありがとな」
小さく、呟かれて背中を見せたうしろ姿を見送るしかできないというのに。
情けない。
声を殺して独り震える夜を過ごす彼に手を伸ばす資格などない。
最初は何も聞こうとせず。次は思い込みで突き放した私達が。あちらこちらにあったピース
の欠片を見ようともせずに。
「…別に礼を言われるようなことはしていませんよ」
「今、こうしてそばにいてくれるだけで俺はありがたいと思ってるよ」
静かな口調に既にどちらが子供かわからないな、と目を伏せる。
もし今、目の前でルークが大爆発を起こし消えるようなことがあれば自分は冷静でいられる
自信はない。
それでも全てを覆い隠して、無機質なガラスを通して平静を装って大人のフリをし続ける。
それが、この子供にとって少しでも救いになるのなら。
泣き叫んで、縋られれば余計に傷ついてしまうような彼にせめて自分だけでも。
「…眠れるなら眠っておきなさい。明日は朝早いですから」
「うん、そうだな」
そういいながら、また眠れない夜を過ごすのか。
「眠れないなら、何か温かいものでも入れてきますよ」
「!」
コロリとこちらを向いたルークの目が驚きに見開いている。
「えと、じゃあお願いしマス」
「まあついでですから」
仕方なさそうに肩を竦める。こんな風でしかあらわせない不器用さをもどかしく思う。
ずれてもいない眼鏡のブリッジを直すのがすっかり癖になった。
「ありがとう、ジェイド」
汚れてなどいない、赤く染まったと思い込んでいる真っ白な子供。
ただゆっくりと過ぎ去る日常が終りへのカウントダウンでしかないなんて。
自分の過去の罪を突き続けられている。
世界はどこまでも残酷で。
それはルークにとってか、それとも私にとってなのか。
「ジェイド?」
黙りこんまま動かない私に気付き身を起こそうとする。
「ああ、失礼。ではちょっと行ってきます」
問答無用で、しかし他の部屋の者を起こさないように静かに部屋を出る。
そっと閉めた扉に少しだけ、背を預けて。
せめて今日は穏やかな眠りを。
そう願って階下へ足を踏み出した。