寂しい部屋だ。
夕暮れ、というより既に日が暮れて夜の帳が降りてくる。
誰もいない家。
居間のソファーに座る人は居ない。
テレビの側の座布団に座る人も居ない。
可愛らしい字で飾ってある絵。
あの笑顔を思い出す温かさが逆に淋しさを増す。
学校の行事案内のチラシ。
片付けられた台所。
静かな縁側。
どこもかしこも優しい思い出ばかりで辛い。
他人の自分でさえそう思うのに、一緒に暮した人間がこんなところにたったひとり。
…取り残されている。
ぼんやり窓の外を眺めていると玄関から仮の主が現れた。
「…花村、何でいるんだ」
「よ、親友!」
気軽に手を上げた俺をやや怪訝そうに見る。
「今日夜バイト休みなんだ、夕飯一緒に食べようぜ!」
適当に買ってきた惣菜の袋をドンとテーブルにのせる。
「クマは?」
「働かざるもの喰うべからずですよ」
「明日ゴネても知らないぞ」
「んー、そん時はそん時。つかさ、お前こそ今日バイトあんの?」
「いや、今日はない」
「良かった~、肝心な事聞き忘れてたからさー。んじゃーとりあえず着替えてこいよ」
「それもそうだな」
相変わらず冷静なヤツだ。すました顔で鳴上は2階へ上がってゆく。
どこまでもいつもと変わらない。
思わず掌の合鍵を握り締めた。
「で、何でお前がここに居るんだ」
着替えてきた鳴上は相も変わらず冷静に俺に問う。
目の前に出されたマグカップにはインスタントコーヒー。
自分が持参したお茶のペットボトルは既に飲みきっている。
以前はドリップのコーヒーが多かったからこの辺りはダメージがきてる現れだろう。
「堂島さんが」
名前を出した瞬間、ほんの僅かに動揺が走ったのに気付いたけどとりあえず見ないフリをした。
「今日ちょっと病院寄ったんだよ、そしたら堂島さんがさ、お前が一人で悩んでるんじゃないかって
心配してて。たまにでいいから様子見てやってくれって、合鍵預かったんだよ。」
鳴上の顔に痛ましそうな表情が浮かび、すぐに消える。
いつも通りキレイに表情を隠されたその顔を眺めつつ俺は答える。
「だけど、これは明日にでも返してくるよ」
「……何故」
「おまえんちなんてさ、って正確にゃ違うけど。ま、今更勝手知ったるじゃね?最初はそう考えて
あがらせてもらったんだよ。なのにさ…」
ぐるり、と部屋を見渡す。
「ここはお前達家族の家だ。俺が勝手に入り込んじゃダメだろ」
「……」
「それにさ、鍵なんてなくてもお前に入れてもらえばいいじゃん。だから鍵は返してくる」
「…陽介」
やや照れくさくてへへ、と笑う。
そしてもうふたつ。
「なあ、この家って寂しかったんだな」
「……」
「俺の勝手な想像かも知んないけどさ。俺もお前も、多分家で1人で居る事って昔は結構
普通だったんじゃね?なのにさ、こっちに来てみんなに会って、ここで色々騒いでさ。
ここはまるで俺らのホームみたいだった。あそこに、いつも奈々子ちゃんが座って、笑ってた」
あの子の名前を出した瞬間、ビクリと空気が震えた。
「俺はさ、お前を待って一人でここにいる時、寂しかったよ。辛かったよ。親友だって言ったのに
俺はお前の気持ちなんざ全然わかっちゃいなかった。あの時だって…」
「花村、もういい」
「花村って呼ぶな」
「……」
「なあ悠、お前はいっつもリーダーとして頼りになって皆を引っ張って導いて、だけどお前は!
お前はいつ休むんだよ、お前だって俺らと同じただの高校生じゃん。疲れたり弱音吐いたり
してもおかしくねーだろうが!頼むから、あんま無理すんな…」
「…花村のくせに生意気だな」
困ったような顔で苦く笑う特捜のリーダーの顔ではない悠。
とりあえず、その顔を見て一息つく。
「それにさ。強かったんだなって思った」
「ん?」
「あの子はさ、お前が来るまではいつも、たった1人で堂島さんの帰りを待ってた。
この寂しさに耐えて、いつも笑ってた」
天上楽土での彼女の呟きを思い出して胸が痛む。
「…うん」
「エライよ」
「ああ、そうだな」
「奈々子ちゃんは絶対助かる。だから俺達は俺達に出来る限りの事をやろう!」
「…ああ本当に、花村のくせに生意気だ」
取り澄ました顔に思わず唸る。
「おーまーえーは~」
そのとき見た、この横顔を俺は忘れないと思った。
「ありがとう、陽介」
「おう、どういたしまして!」
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