部活のない日、何気なく屋上に上がると見覚えのある姿を発見して歩み寄る。 「今日は一人なんだな」 「んー、長瀬は用があるって先帰ったからなー」 寝転がって空を見上げてた一条が振り返らず答える。 「まだ何か…時々さ。こうやって急に一人になると、ちょっと考えちゃってさ」 部活も無くて、家の用事も習い事もない、降って湧いたような本来喜ぶべき自由。 うーんとひとつ、大きく伸びをして一条が起き上がる。 「花村はいつも笑ってるイメージだよね」 友人の突然の呟きに思わずそちらを見やる。 「なんつーかさ、犬コロみたい? あーでも毛がふさっふさの洋犬て気もすんな。 人懐っこくてみんなに撫でられて尻尾振っててさ」 こちらを見ないで、屋上でどこかの山の方へと視線を送りつつポツリと。 「…なんか羨ましいっつか」 あはは、なんっつってといつのも様に誤魔化し笑いをする一条だが明らかにカラ元気な様子に 陽介は別に…と言いかけてやめる。 陽介だって別に見た目ほど能天気に過ごしてる訳ではない。だが、一条の事情もわかってる。 家族、血の繋がらない家族との葛藤。
先日菜々子に『ほんとうの“かぞく”ってなに?』と聞かれた事を思い出す。 その後のゴタゴタも。 夜、寂しげに河原のベンチに佇む姿に胸が痛んだ。 血は繋がっていても、それぞれ何か抱えている。 まして、一条の場合は血は繋がっていなくて跡継ぎのいわば身代わりとして引き取られた。 色んな枷をつけられて、きっと色々我慢して、それでも期待に答えようと頑張って。 そして今度は家の都合で急に自由になって。 一条のことだから正当な子が跡継ぎになる方がいいって本当に思ってて、別にソレが奪われる事 事態に対しては何も不満に思っていないに違いない。 ただ、居場所が。 他人に作られたモノであっても、ソレしかなかった者にとっては動揺して当たり前だ。 突然足元が崩れて揺らいでいる。
『ただ、それっぽい仮面をかぶってただけ。…上手く仮面を被れなくなった今は、舞台から降りる しかないよな』
あの河原でのやりとりを思い出す。 それでも、施設の先生が書いてくれたという嘘の手紙に“優しいひとがいる”って喜んだ一条。 “仮面”か、と苦く思う。 自分だって、仮面をかぶっている。親の仕事で何度も転校し、周囲に適当にあわせる術を身につけ。 他人にも、自分にも無関心になって。
「ああいや、変な意味じゃなくってよ」 思考の渦に飲み込まれていた俺に一条がやや慌てたように言う。 お前ら仲いいもんなーって言われて、そっちの心配されたのかと笑う。 「違うよ。俺も、親が転勤族だったからさ。転校する度に…なんかもう面倒になってさ。当たり障りの ない会話だけして自分を取り繕ってたから、ちょっと一条の気持ちがわからなくもないかなって思い 出してた」 「あ、そーなんだ。」 ふうん、お前でも昔は色々悩みあったんだなーって言うから今だって悩みはあるぞと告げてやる。 「マジで1?」 そりゃー今度是非聞かせてもらうわって、ようやく一条らしい笑顔を見せてこちら振り向いた。 そのままちょっと落ち着いたように腕を組む。 「俺だって花村が見た目通りじゃねってわかってるよ、町に出りゃどうしても話とか聞こえてくっし。 学校では皆表立ってはあんま言わねーけど、雰囲気でなんかわかる時あんじゃん。 でもアイツが悪い訳でもないし、ジュネスだって別に普通のチェーン店で地上げとか、悪い事した 訳でもないし。話してたらさ、言い方悪いかもしんねーけど花村ってふっつ~な奴じゃん。 だから…本当は気にしてんだろうなって思うぜ」 まー少なくとも俺なら嫌だな、と腕を組んだまま肩をすくめる。 「俺、陽介のツレだからアンタの事嫌いって言われたことある」 「うっわ、え、マジで!?」 すげーな、そこまでいくと、って一条も頭をかいている。 まあ正確にはちょっと意味合いが違うんだけれどソコは省いておく。 やっぱそっかーとやや軽くため息。 「でも花村っていつも笑ってっだろ?なんか思ってたよりつえーヤツだったんだなって。 嘘でも仮面でも、笑い続けるのって結構大変よ?」 一条が苦く笑う。この二人は意外と似ているのかもしれない。 「一条こそ、笑ってるじゃないか」 からかうつもりで言ったのに、マジメに返事がかえってきた。 「あ、オレ?俺なんて全然ダメダメ。だってすぐ無理してるってバレてんじゃん、お前とか長瀬に」 「あー、大丈夫だ。陽介はお前の何倍もわかりやすい」 思わず即答すると一条はそうか?と不思議そうに首をかしげている。 「んーそれにさ」 やや言いよどむ。 「…この前さー、花村にちょっと言われちゃって。何か最近、ふっきれたみたいだなって」 うわ、なんて事言うんだ、陽介のくせにとかこっそりツッコミを入れていると。
「俺、自分の事だけでいっぱいいっぱいでさ。他人の事なんてまったくさっぱり余裕ねーもん。 ちょっとマジびっくりしちゃったよ。俺が思わず呆けてたらさ、『まー鳴上が居るから大丈夫かー。 あいつ頼れるもんな』って笑って肩叩いて去ってくんだぜ。おかしくね?」 「…?」 「あいつ線引き異様に上手いんだよ。今思えば、俺がすっげ落ち込んでた時にも声かけてきて くれたんだけど、その頃はそれすら認められなかったからさ、『何いってんだ、そんな事ねーよ』 ってつい返しちゃたワケ。したらあいつ、すげーサラっと『あー俺の勘違いか、悪ィ悪ィ』って引く のな。あの引き際の良さ、今なら逆に気を使われたってわかるけど…」 まあそこで強く出れないのが陽介なんだけどね、と一条には言わず心の中だけで思う。 「なんかちょっと悪いことしたなーって思ってたからさ。それなのにまた声かけてきて、コイツどん だけお人よしなんだよって。なのにまた俺が突っこまれるの嫌だって思ってるからまたキレーに 予防線張って。なんかもう、驚きを越して呆れたね!」 ハハッっていつものように笑う。 いっそ、ここでソレは陽介がヘタレなだけだってバラした方がいいのかと意地悪く思ってみたり。 この二人、傾向が似てるのか? 「まー、アイツはバカなだけだから」 ボソと呟くと大笑いされた。 「お前らほんっと、いいコンビだよ」 「全くもって嬉しくないな」 「まーまー、そう言ってやるなって」 思わず即答した俺の肩をウケル!、とかいってひたすらバンバン叩く。 とりあえず一条が浮上したからここはヨシとすべきなんだろうか。 「よし、今度ウチで鍋しようぜ!」 「この時期にか…」 「いいじゃん、花村も連れてこいよ!」 「あー、それなら耳寄り情報がある」 「ん、何何?」 コイコイと大袈裟に一条を手招きする。 「陽介は豆腐が食べれない」 「おっけ!ちなみに長瀬はネギな!」 二人でニヤリと顔を合わせる。 「水炊き?いっそ豪勢にスキヤキ?」
>一条と料理出来ない二人組が逆らえないであろう事は百も承知で 二人を更に陥れるべく、屋上で計画を練ってから帰宅した。
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