念のためにと人払いをされ、厳戒態勢をしかれた病院内を静かに歩く。
近々どこかに移送されるだろう相手…まあ間違いなく地下牢とかそんなあまり環境のよろしくない
ところであるのは確定的なそんな相手に会う為にここに来たのだか。今だって病室に入れられては
いるが、きっと簡素な部屋だろう。
カカシ先生とナルトに拝み倒された綱手様が世界を救った恩人を殺すわけにはいかないといって
サスケは精密検査の為に入院していることになっている。まあ確かにいろんな物を出し切っちまっ
て安静が必要ではあるけれど。
今頃ふかふかで日当たりのいい部屋ですやすや寝ているらしいあいつがコレを知ったら騒ぎ出す
に違いない。まあそこは俺には関係ないし、今はおいておく。
見張りというよりは記録係といった体の男に挨拶をし、許可証を見せる。
どれだけひっくり返ったって今ここにいるサスケと対等の強さを持つ者はこの世界に何人といない
だろう。本人に逃げる気はないし、そんな奴を見張っていても仕方ないと合理的な判断を下したと告
げた火影様の配慮で厳戒態勢とはいえ、左程物々しさはない。
だが未だその処遇について議論は絶えないようで漏れ聞こえてくる話を聞くだけでも正直うんざり
だ。そろそろ冷静になって欲しいもんだぜ。
上っ面だけの手続きを済ませ数メートル歩いて面会謝絶、と一応札の下がった部屋の前に立つ。
バリバリと無意味に頭をかいた後、遠慮なくだが静かにドアを開けた。
「様子はどうだ?」
振り向いたサクラに小さく問う。
未だ顔色の悪いベットの住人。
「ようやく熱は下がってきたけど、体力もチャクラも消耗してるからまだ安静が必要ね。何より血を
失い過ぎてたから」
気丈なサクラも流石に疲れが見える。体力的というよりは精神的な疲れが多いのかもしれない。
サスケ擁護派の面々は未だ色々と面倒事が多い。
「あんまり熱が引かないようなら、うちから何か見繕ってきてもいいけどな。薬草成分的な物の方が
今の体にはいいかもしれねーし」
「え?いいの?」
「あ?何でだよ」
しばしきょとんと顔を見合わせた俺とサクラだが、ふいにサクラ肩から力を抜いた。
「そーね、結局アンタはそういうヤツよね」
はーヤレヤレと溜息をつかれた。
「何だ、思ったより元気そうじゃねーか」
ここに来る前にいのが散々心配してたのを思い出して軽く皮肉ってやる。
「今だけね」
くしゃり、と弱く笑う姿を見て俺は顔をしかめた。
「サスケくんを殺すって言ったヤツが当たり前のようにサスケくんを助けてくれるんだもんねえ」
とぼけた顔で言われる。そういえばそんなこと柄にもなく言ったんだったな。たった数ヶ月なのに
随分昔の懐かしい話のようだ。
フ、と思わず口元から笑いが出た。
「俺にサスケが殺れるかどうかはおいといてよ、今でも間違っちゃいねえと思ってるぜ。あの頃の
俺らは色々覚悟が足んなかっただろ」
「まあね」
あれは覚悟の話だ。大きな戦争、他里との殺し合いという物を知らない世代の俺達。木の葉の
里は他里に比べて若干ぬるま湯だった気がする。忍びという非情な仕事について。それでなくと
もこの大戦で色々思い知った事も多い。
「五影会談を潰そうとしたサスケを殺すと決めた事を、俺は後悔していない。かといって別に憎ん
だり恨んだりもしてねーぜ。ただ面倒な奴だなとは思ったけどよ」
「あんたにかかればみんな面倒じゃない」
「まー、そりゃそうだけどよ」
サクラの合の手にとりあえずのってやる。疲れているのか不穏な話は避けたいのだろう。
「サスケが完全に情を無くした殺戮者にでもなってりゃ話は別だけどよ。そりゃないだろうし。どう
せお前が木の葉に帰ってくるだろうって予想はしてたしな」
「は?」
そこで初めてサスケが声を出した。ちなみにサクラと綺麗にハモった。
「お前ら仲いいな」
「そうじゃない」
「ちがうでしょ」
同時ツッコミありがとうございます、いらないけどな。
って、ん?二人の視線が突き刺さる。
暫しの空白。
「?ナルトがいるんだぜ、当たり前だろ。あいつが今更諦めると思うか?」
「そうだけど・・・」
「俺はさ、ナルトがナルトのまんま火影になるんならそりゃそれで阿呆みたいに大変だろうけどそれ
を支えてやりてえって思った。だからこの大戦の行方とかその後の里内の調整とか他里との関係
とか色んな結果を最初に想定したんだけどな」
そういって二人を見て思わず大きなため息をつく。
「あいつがあいつらしくあるならば、俺には方法も想像つかねーけどそれこそ首根っこひっつかんで
でもサスケを連れ帰る結果しか思い浮かばねー。となると、今度はサスケをどうやって穏便にうちの
里に居られるようにするかって頭の痛い問題が出てくるだろうから…」
まさかそろって片腕なくして帰ってくるとは予想外過ぎたけどな。
「どうせお前がナルトに対抗できる唯一なんだろうからさ。九尾関連でその辺り仄めかすとか、その
逆もしかりでうちの里でしか引き取れないとかな。ぶっちゃけお前が無限月読解除とかいい免罪符
になるなーって思っちまったぜ」
そもそもあれ程完全に九尾と意思疎通出来るようになるなど想定外だったしな。
唖然とした空気を醸し出す二人を見てポリポリと頬をかく。
「俺はお前やナルトからの見りゃすげー幸せな生活してたからさ。お前らの苦しみや憎しみや孤独
なんてわかりゃしねえ。強すぎる強さの辛さもな。あいつのそんなところをかわってやれるのはお前
だけだしその逆もそうなんだろう」
こればかりはどうしようもないことだ。卑屈になっても仕方ない。
ずっと手にしていた封書を開き資料を出す。
「ひとまず隠れ家だ。今後一旦は牢に入れられて一通りの取り調べを受ける事になるだろう。その
後の処遇については未確定だけどよ。どうせ里に居ても監視とかつくだろうし、住居も決められた
モノである可能性が高いから念のためだ。やばくなったり、居づらくなったりしたらここに行け。これ
はカカシ先生にも許可とってるから安心しろ」
簡単に地図を見せてから一度資料をしまう。
「後は減刑条件を可能な限り集めてカカシ先生に渡しとく。俺にはこんな事しかしてやれねえけどさ」
視線をやると起き上がろうとするサスケを手で制す。
「あ、お前はそのまま寝とけよ。どうせこの後ろくでもねー場所に移されるんだ、ちゃんと休めるうち
に休んどけ」
その声に伏せていた顔を上げるサクラ。
「決まったの?」
「いや。だかこればっかりはどうしようもねーだろうな。今はカカシ先生とナルトに拝み倒された綱手
様が世界を救った恩人を殺すわけにはいかないって精密検査してることになってっけどよ。移送は
時間の問題だろう」
「そう…」
ふと静かな時間が落ちた。
「そういえばシカマル。いのとあそこへ行ったんですって?」
突然思い出したようにサクラが言う。
「ん?ああ」
何もなくなっていた空間。空の作戦本部。
「どうして?何でいのまで?」
「見届けて伝える義務があったからな。俺にも、いのにも」
「…」
だからあの戦いの後、後処理の前にどさくさに紛れて綱手様に頼んだ。
いの。
名前を呼んで視線を向けた時、何かを察して顔が強張っていた。
『行こう』何処へとは言わず、差し伸べた手を震えながら取った。チョウジが咎めるように俺を呼ん
だけれど、いのは首を振ってそれには答えなかった。
行かなければならいと思った。最後会うことは叶わなかったけれど、俺達はまだちゃんと話す事
が出来た。気持ちを確かめ合って伝えられた。だから幸せな方だと思う。あの場には他にも色んな
人が居た筈だ。この戦いの中、もっと悲しい別れは沢山あっただろう。
そして里で待っている人達に伝えるのも、そこにいた俺達の仕事で責任だと思っている。辛くて
も詰られても、それでも伝えなければならない。それが自分の肉親なら尚更。
いのには辛かっただろう。他人にすら伝えたことがなかっただろう死の宣告。しかし行かなけれ
ばきっと後悔する。
その生き様を、誇りを焼き付けておきたかった。
「合同慰霊祭で涙を流しながらも、いのは最後に顔を上げて前を向いたわ。立ち止まらなかった。
いのは、やっぱり強いね…」
目を伏せて呟くサクラに苦笑した。まだ肉親を失ったことがない事は幸せだが、だからといって
そこで罪悪感を感じる必要は無い。
「お前らは二人して同じような事言ってるな」
「…え?」
「いのもさ、お前のように強くなりたいって。綱手様の弟子として信頼されて、自分の意思も貫き
通して。お前に比べたら自分はまだまだ中途半端でダメだってさ」
俺としてはサクラのように地面なんぞ割って欲しくないからそういう強さは勘弁してもらいたい
けどな。どっちにも言わないけど。
「お前ら二人、そういう意味ではちょっとナルトとサスケに似てるな」
小さく笑ってまとめた資料をサクラに渡しておく。
最後にサスケに向かって俺からの願いを一つ。
「アイツに並び立てるお前らだから頼む。生きてくれ、それだけだ」
きっとナルトだけじゃない、サクラもカカシ先生もそれを望んでる。
「じゃあな、邪魔したな」
くるりと背を向けてさっさと部屋を出る。
「…シカマルっ」
ガラリと扉を開けてサクラが飛び出してきたが俺はそれに振り返らず、黙って手だけ振った。
見張りの男が怪訝そうな顔を向けるが、俺は黙って面会終了の手続きを終える
これからサスケがどうしたいのか、今はまだそこまで聞いてやる必要はない。
もっとゆっくり考えて、ちゃんとした答えが出たのならその時はめんどくせえけど同期のよしみ
で聞いてやらなくもない。
そんなことしなくてもどうせお節介な奴らが色々やっちまうんだろうけどな。俺はせいぜいちっ
とばかし下地を作って待ってればいい。
そんな事を考えながら病院を後にする。
前方で察しのいい幼馴染み達が小さく手を振って待っているのには参ったけれど。
…ああ、本当に。
今日も空には白い雲が変わらず浮かんでいて、ちっぽけな俺は人工の煙を吐き出そうと触れ
た小さな箱から手を離して、代わりに二人に向かって軽くてを上げて応えた。