ふわりと煙った気がした、ありえない香りに意識が戻る。
地面に広がる滲み。
そして。
「…俺はさあ、世の中で言うところの枯れた奴だって思ってたんだけどよ」
けだるい身体もそのままにゆっくりと口を開く。
(…実際、人からよく言われてたしな。)
そう呟くとしっかりそれをひろわれたらしい。
「はあ?」
(おい、デケー声出すなよ。)
力なく言うと若干しょんぼりとした気配。
「ごめんってばよ。でもありえないってゆーかさ。」
うまく言葉にできないようであーとかうーとか聞こえてくる。
(そもそもありえないってなんだよ。)
脱力しつつ答える。
「いやだから、ないってばよ」
なんだかそこだけ妙にハッキリかえってくる返事。
「まあ枯れてるっていうか、やる気がないってゆーかさ、そう言われるのはわからないでもないんだ
けどさ。でも違うんだ」
(…お前、支離滅裂だぞ。)
思わず突っ込む。ナルトらしいといえばナルトらしい物言だけれど。
「シカマルは、違うよ」
もう一度ハッキリと言い切ったナルトの声に重かった瞼をゆっくりと開く。
途端に目に入るのはまぶしい光と青くて蒼い色。
ああ、俺はこれが見たかったんだと理解し己の馬鹿さ加減に笑う。
「あの巻物はサイが意地でもカカシ先生のトコにもってく筈だ。シカマルもそれを信じてるからアイツ
に任せたんだろ」
(………)
「サイがさ、めっちゃ血の気のない顔色でって…あいつ元々色白いけどよ。余裕がなかったみたいで
まあ鳥ごと火影室突っ込んできてさ。先発隊の報告聞いて救援どうするかって話してて、俺丁度そこに
居たからさ。サイと目が合った途端『頼む』って言われたらもうさ、飛び出してた」
「今里にはばっちゃんもシズネさんもイノもいるからアイツは大丈夫だってばよ」
サラリと答えられて頭を抱えたくなる。
(次期火影候補が何やってんだよ…)
「だって俺まだ火影じゃねーもん」
(いい歳してだってとかもんとか言うなよ。)
そう言いつつ、まだって言ったって事は火影になればそういう無茶は出来ないと一応自覚あるのか
とぼんやり思う。
「なーんか嫌な予感してたから大正解!後発隊はサクラちゃんとかキバ辺りかな」
(………)
 確かサクラは今休暇中だったなあと仕事を押し付けられた数日前を思い出した。
「だからシカマルも大丈夫」
爽やかに言い切られてため息しか出ない。
(そういや、あの時もこうやってお前に助けられたな。)
「あー?ああ、大戦の時?」
(あの時の親父みたいにさ、それなりに後も託せたしまあいいかなって思ったんだけどよ。)
「………」
(目を閉じるとさ、意外とやりたかったつまんねー事とか色々思い出ししまってよ。なーんか情けねー
けどまだ死にたくねーなーって思っちまった。)
(せめてさ、)
ふう、と息を整える。
「…少し休めってばよ。それに情けなくない、誰だって死にたくないってばよ」
(あー、俺は結構平気だと思ってたんだけどさ。)
けれど、あの時脳裏によぎった姿に笑う。
(やっぱあのマント姿のお前、みてーなあって思っちまったからな。)
言うだけ言って疲れた俺は再び目を閉じる。
「え?ちょっとシカマル?シカマルさん??」
(うっせえな。)
目を閉じたまま無駄に動揺してるナルトを放置する。
暫く何やら呻いていたナルトがボソリと言う。
「そもそもさ、そーゆーコト言う人は枯れてませんよね」
(なんで敬語だよ。)
思わず苦笑する。敬語な割に物凄くぶすくれた声。きっと目をあけたら口をとがらせているに違いない。
「…シカマルさ、わざとサイと二人で増援に出たってホントだってば?こうなる事を予想してたからの人
選だったって」
そして突然の、このカウンターである。
「シカマル?」
(…予想が外れりゃ良かったんだけどな。)
しぶしぶと認める。
「サイだったらシカマルより任務を優先できる。超獣戯画があるから最悪の場合、巻物を回収して届け
る役目も最速で行える。経験値的にも問題ない、そんな感じ?」
(………。)
無言を貫くしかない、カカシさんめ余計な事を。
「そりゃ俺はこうやって火影の命を無視して突っ走ってきちゃったから偉そうな事は言えないし、情に
流されないかっていえばぶっちゃけあんま自信ないけどよ。選んだ人選とかはまあ仕方なくてもさ。
でも…でも、こういうのはもう勘弁だってばよ」
 ナルトの影が顔にかかる。俯いているのだろう。
「…そんな覚悟、嫌だよ」
冷え切っていた体からじんわりと伝わる暖かいものはチャクラだけではなくて。
「リア充爆発しろ!」
声と共にダンって勢いよく着地した砂埃をくらいむせる。
(…カハッ)
ついでに血も吐いた。
「あああああ、シカマル!サクラちゃん何するってばよ?!」
ザリ。
仁王立ちの脚が見えて横になったまま見上げる。
(悪ィな…。知ってたからお前の手はあんま、煩わせたくなかったんだけどよ…)
「馬鹿にしないで!私が私用と任務の区別もつかないと思ってるの!」
…超お怒りである。お前この休暇もぎ取る時俺に仕事押し付けよなあとかは当然飲み込むべき言葉
である。風前の灯火ではあるが止めを刺して欲しい訳ではない。
背後の存在にも声をかけたいがいかんせんそろそろ血を失い過ぎてヤバい。
「とりあえずこれ飲んで」
差し出された物体にサクラの背後の人物が揺れた。
大丈夫、悲しいかな知ってます。効くけど逝くンデスヨネ、ええ。
(待て。)
飲む前に一声かける。
「何よ」
サクラの憮然とした声にナルトがおろおろしている。
(あいつら、生け捕りにしたかったんだがちょっと余裕なくてな。何か情報持ってないか後で探っといて
くれ。それと。)
(悪いな、助かった。)
(サスケも、すまない。)
それだけ言ってなんとか物体Xを飲みこむ。
「アンタ、ふざけないでよ!こんな敵の屍累々のところで男二人が膝枕してたら突っ込むしかないで
しょ!何一人いいこと言ってんのよ。ちょっと、シカマル?」
「あ、ホントだ」
「今か…」
サクラのツッコミにナルトがようやく現状に気が付き、サスケがぼんやり突っ込む。
相変わらずお前ら仲いいな。俺だって目が覚めたら野郎の膝枕でもっかい気を失いたくなったんだぞ
とか本当に気を失いかけながら思う。
「あ、サスケの鷹か…」
「サイは無事に任務を果たした。巻物は綱手の立会でカカシが開くらしい」
サスケが補足をくれた。これで思い残すことなく逝けます、なんだかアスマが呼んでる気がしてきた。
「ところでサクラちゃん、あのそろそろ応急処置を…」
「まずは膝枕やめてからお言い」
「………」
おいてけぼりの連絡用の鳥が上空をぐるぐると回りながら途方に暮れていた。