自分の家族なのに自分達だけのものではない人。
沢山の人を守って、守られて。大切な、失ってはならない存在。
いつも人を幸せにする華やかな笑顔でみんなを見守っている。
眼下に広がるのは心温まる光景、ってやつなんだろう。
以前にも見たことがあった。
怒られて、でも嬉しそうな顔。
子供っぽいバカな事をしている、と一蹴してしまいたいのに旅立つ背中がふっとよぎって
笑えない自分がいる。
行かないでなんてとても言えない。辛い想いをしているのは私だけじゃないから。
困らせるだけだってわかってる。そんな事言って疎まれたらどうしようって思う弱い心も。
屈託なく親子そろって太陽のように明るく笑う姿が目に入って。
…でも寂しいなんて、言える筈がない。
ぎゅ、と唇を噛む。
「…お前こそ、あれくらいやっちまっていいと思うけどな」
ふいに至極やる気ない、面倒くさそうな声が聞こえた。
いつの間にか隣に立っているクラスメイト。
「なんでよ、馬鹿馬鹿しい」
先程までの心を見透かされたようでつい突き放した言い方になる。
「そうか?世の中言わなきゃ伝わんねー事って結構多いみたいだぜ?」
まるで他人事のように言う。まあ実際他人事なんだろうけど。
そういえばコイツ、あのいたずら騒動に参加してるイメージがあまりない。あんまりって
だけで、全然な訳じゃないけど。
「参加しなかったんだ」
「あ?ああ、まあな」
「………」
それだけかよ、と思わず隣の顔を眺める。
視線に気づいたのかヤツはバリバリと父親そっくりの箒頭をかいた。
少し迷うように視線を空に向けてそのまま。
「そりゃ面白けりゃ参加するけどよ、後の事考えたらめんどくせーだけじゃねーか。
しかも今回は完全にアレだし」
はっきりと言わないけれど、伝わったアレ。
「…そうね」
「そろそろやらかすとは思ってたんだけどな」
「確かに」
最近のアイツの落ち着きのなさから容易に想像できた。
「出来たら暫く先にしてくれって頼んだんだけどな…」
ボソリと一言。
「え、なんで?」
「あー、まあ俺の都合」
微妙に言いよどむ隣をメガネのブリッジを上げながら改めて見る。
意外だった。
何も考えてないただの面倒臭がりだと思ってたのに。
今までそう話す機会もなかったけど、話す必要もないと思ってた。
別に悪い奴じゃあないのはわかってるけど、あまり他人に興味なさそうで基本いつもの
メンバーと一緒にいれればいいのかと。
そんな事を考えてたら一体どんな都合なのか、ちょっと聞いてみたくなった。
でもコイツ言ってくれるかな。
「黙秘で」
「何でよ」
またも人の心を読んだようにボソリと低く言うからつい突っ込んでしまった。
クラスメイトとこんなテンポで話すのは久しぶりな気がする。
話がわからないって順序立てて説明を求められる事が多かったから。
「ホラ、これ持って家帰れ」
突き出されたのはなぜか甘味処の袋。
「何コレ」
「あんみつ」
「え?お持ち帰り用?」
「ああ」
いやだからそうじゃなくて。
なんだかすっかり相手のペースにのせられている気がする。
「何でこんなもの持ってるの」
思わず眉間を押さえそうになったところに、グイと突き出されたその袋をつい受け取る。
本当にあんみつが入っているのか、予想より重い。
「いいから持って帰れ。ついでにどっかで晩飯でも買って帰れよ。お前のお袋さん、帰り
遅くなるだろうから」
「は?」
つい間抜けな声が出た。
…ん、待って。今日ママは仕事で火影様のところに行くって言ってた筈。そしてその火影
様が眼下にいるということは。
「…成程」
こうして抜け出した分、仕事は押す。里の長だもの、彼にしかできない仕事だってある
だろうし。
何だかんだで火影様に甘いママの事だ、怒りながらも仕事を助けてあげるのが目に浮か
ぶ。
どうしてそれを知っているのかって疑問も、コイツの父親の立場を考えたら想像つかない
でもない。
それかいのじんから聞いたのか。
「まあ、お前もたまには素直に甘えてみろってことだ」
「…そんな事できるわけないじゃない」
つい、本音が漏れた。
「ママだって、本当は寂しいのに。あんなにパパの事大好きオーラ出してるのに、いっつ
も私の事を優先させて。仕事だって本当はもっとやりたいんだろうけど、私を一人にする
からってなるべく早く帰れるよう頑張ってくれてる。そんなの、私だって忍びの娘なんだ
から我慢できるのに」
いつも明るくふるまって、私が寂しくならないよう構ってくれる大好きで大切なママ。
世の中にはもっと大変で寂しい思いをしてる人だって沢山いる筈だ。そんな人達に比べ
たら愛されて育った私は幸せだと思う。
「できないよ…」
「あーもうめんどくせえなあ。んな大袈裟に構えるなって」
ちょっと、コイツ人がずっと抱えてた悩みをそんな簡単に…
ぺチリとデコピンされた。
「お前は抱え込み過ぎだ」
ポカンと若干自分より高い隣を見上げる。
「何もいつもいつも全部、真っ正直に話せってんじゃねーからいいだろ。今日は甘える。
それでいいじゃねーか」
「だって…」
「大丈夫だろ。この騒動あったんだから。たまにはのっかてみるのもいいと思うぜ、免罪
符もあるし」
「免罪符?」
コレ?とあんみつの袋をかかげる。
「あんた免罪符の意味わかってる?」
「失礼な奴だな」
今日は本当に調子が狂う。いつもは心で思っててもこんな事口にしないのに。基本的に
ツッコミはママの担当だし。あ、パパがいる時はそうでもないか…
「ホラ、騒ぎも収まってきた。早く帰れ」
手でシッシと追い払われる様にされてつい舌を出す。
「うっさいバーカ」
「へーへー、じゃあな」
そのまま去ってゆく後ろ姿にふと気づく。
「…なんであんみつ持ってたか、聞き出し損ねた」
あんみつ、ママの好物。
「まさか知ってたって訳じゃないよね?」
首をかしげながら帰途につく。
アイツが言った通り、今日はママにちょっと甘えてもいいかなって気になりながら。
「…だとよ」
「あああ、サラダ」
打ちひしがれながら、わが子可愛さに悶絶してる同僚につい距離をとった。
「素直になれないトコはそっくりだな」
未だサラダごめんねえ、お母さんが不甲斐ないばっかりに。でもサラダがいい子に育っ
てお母さん嬉しいとかずっとブツブツ言ってるので放置しておくとずっとこっちの世界に
帰ってこないような気がしたから仕方なく声をかける。
「何よ」
「お前もたまには素直になれってことだよ」
「はあ?」
「子供にすら我慢してるのがモロバレしてんだ、俺達にバレてないと思ったのかお前は」
ピタリと動きが止まったサクラがぎぎぎぎぎと音がしそうなくらいぎこちない動きでこちら
を向いた。
「ナルトが動き出す前にもうちっとどうにかしとけよ。あの二人が喧嘩になったらそれこそ
めんどくせえ」
地形が変わる程の喧嘩とか大概にしてほしいぜ。げんなりしつつそう呟けば、そそそうね
とどもりながらようやくまともな返事がきた。
あーでもその前にいのが何かしちまうかなあって思うけどあいつなら大丈夫かと言わず
においておく。
「向こうも落ち着いてきたし、戻ろうぜ」
「ねえ」
「あ?」
「シカダイはなんであんみつ持ってたの」
突然の冷静な問いに視線をそらす。
「………」
「なんで」
「……………」
「なんでアンタにそっくりなの」
「…そこは別にいいだろ」
「気に食わない」
「八つ当たりすんなよ、めんどくせえ」
「だって」
「あの人が食いたがってたからだろ。ホラ、行くぞ」
さっとその場を離れようとしてガシ、と服をつかまれた。はええ。
「え、ちょっと待って。シカダイがサラダ見かねて前もって買ったとかじゃないんだ。良かっ
た、そんな恐ろしいスキルもった息子クソうらやまとか思ったけど私の好物だからって事
じゃなくてテマリさんって事は…あれ待ってあんた暫くまともに家に帰れてないって言って
たわよね待って待って待って」
「いやお前が待てよ」
背後で混乱の極みと化している同僚が怖いです。
「戻るわよ」
ようやく離された指に恐る恐る振り返ると同期が物凄く男前な顔をしていた。
そしておもむろに緊急呼び出しの鳥を呼ぶ。
「おい今の…」
「カカシ先生を召喚します」
キリって顔して宣言してるが今の緊急用デスヨ。
「速攻仕事終わらせて家に帰るわよ、アンタも」
「あ、ハイ」
これは逆らってはいけない。今は亡き親父が背後で囁いた気がした。
「ちょっと待った。すぐ追いつくから先に戻ってくれ」
「ああん?」
「………」
サスケ、今俺はお前を心底尊敬するわ。
「…シカダイ、あんま金持たせてねーから甘味処寄ってあいつに持たす」
仕方なく本音を言う。あいつは自分の分の勘定入れてないかもしれないから、残りの二
人分の金なら持ってるかもだけどな。
それを聞いて般若がたちまち菩薩へと変わる。
「行ってヨシ」
グっと親指を立てられた。男前モードは変更ナシらしい、これからのナルトの受難を思っ
て今のうちに心の中で手を合わせた。
「ちゃんと4人分買っていきなさいよ〜」
「へいへい」
背中にかけられた声に軽く手を振ってこたえる。
ここから近くてあの人がお気に入りな甘味処をはじき出したところで我が家への帰路と
先程の時間を考える。
正直俺とあの人の子供がそんな察しのいい子に育った自信はない。
…ということは、サラダが寂しいと思うのではないかと感じるくらいには、あいつにも寂
しい思いをさせたということだろう。同じ想いをしたからこそ、わかることもあったのでは
ないか。俺に似て面倒くさがりのあいつが珍しくあんな行動を起こしたくらいだ。
…俺もたまにはいいか。
買って渡すだけの予定を変更し、夕暮れの雑踏の中見慣れた箒頭の捕獲を決定した。