友人の若干とは言い難い人の悪い笑みについ、頬が緩む。
「ちょっと、ナルト。一人でニヤニヤして気持ち悪いわよ、何見てるの?って言うか仕事しなさいよ」
気が散っている事への罵倒からの的確なツッコミが容赦なくさっくり刺さる。
付き合いが長いって素晴らしいね。
「…顔に出てるわよ」
「ハイ、仕事します…」
口から洩れなかった筈の嘆きを正確に掬い取られてぐうの音も出ない。
ツカツカと近寄ってきたサクラちゃんが俺の視線の先を見る。
「は?シカマルじゃない」
「…うん、そうだってばよ」
「うわ、気持ち悪い。そういえばあんた達、やたらと仲いいもんねえ…」
「は?え、ちょっと待って、え??」
その声に慌てて顔を上げるとサクラちゃんのげんなりしたような顔がそこにあった。
いや待って、何かわからないけど誤解です。
あわあわと狼狽えている俺を見下ろしていたサクラちゃんが組んでいた腕を解いて、俺のおでこを
ベチンと叩いて反省と一言。
「はい、スミマセン…」
「で?」
「え?」
続きを促されて下げていた視線を恐る恐る上げる。
「アレを見てドコに笑う要素があるのかしら」
「いや、そんな真面目に聞かれても困るってばよ」
へらりと笑ってみた。
「ふーん」
声と共に突然部屋の温度が下がった気がした。いやきっと気のせいだ、うん。
「………」
「……………」
 …気のせいじゃないかもしれない。
「………」
「いや、なんかさ」
冷や汗をかきつつ答える。
「シカマルの横顔って好きだなあと」
「…ふーん」
「かわんないじゃん、昔から」
「そう?」
やや不思議そうな戸惑いがちな答えにはっきり答える。
「うん、アイツ変わんねーなあと思ったらなんか笑っちまってさ」
よく言われる言葉を思い出す。
「なんかさ、俺もそうだけどシカマルもさ。昔と変わったって言われるけど俺からしたら変わってる
つもりはないんだってばよ。そりゃ多少色々考えたり、成長したつもりではあるけど。なーんか人
に昔に比べて立派になったって言われれば言われる程違和感あるっていうかさ」
「…そうね。シカマルはともかくアンタは根っこのところは同じだもんね」
昔を思い出したかのようにくすくす笑うさくらちゃん。
「シカマルだってそんな変ってないと思うけど」
「そうなのかもね」
「?」
「前にね。シカマルってあんな奴だった?っていのに聞いた事あったのよ。そしたら昔からああだっ
たわよって。まさにアンタと同じ。多少成長したけど変わってないって。私にとってはホント落ちこ
ぼれのやる気ない男だったから中忍になった時も、綱手様に色々頼まれ事されたりする時も何故
あいつがってやっぱり思ったわ」
色々見えてなかったのねえと溜息をついてるサクラちゃん。あの頃の俺達が優秀だったかといえ
ば間違いなく違うからそんなに自分を責めなくてもいいと思うけどね。
「あーでもアイツが頭良かったって聞いて今なら思うこと、あるってばよ」
「へえ、どんな?」
目を瞬かせて聞いてくるサクラちゃんに、最近思いついた考えを言ってみる。
「ホラ、俺ってばアカデミーの頃からいたずらばっかしてたろ。シカマルも巻き込んだりしたけど、
頭いいならアイツの考えた作戦って失敗した事なかったのか思い出してみたってばよ」
「それで?」
「うーん、成功ばっかじゃなかった」
「まあ、子供だったしねえ」
「…でも違うんだ」
「え?」
「アイツが居た時は、俺…勿論全部なんて覚えてないし違うかもしんないけどさ。ホントにやっちゃ
いけない事はやってない気がする」
「?」
「俺さ、あの頃なんて特にムキになったら我を忘れてどんどんエスカレートしてやりすぎて…後で
酷い目にあわされたりしたこともあったんだけど」
「ナルト…」
「シカマルがいる時はなんかこれ以上はダメだっていう線引きがあった気がする。勿論振り切って
やらかしちゃった事もあるだろうけど」
当然、改めてシカマルに聞いたことなんてない。
でも心当たりがいつくかある。後、これやると悪目立ちしちまうんじゃねってヤツはわざと成功させ
なかったんじゃないかって。考え過ぎかもしれないけど。
「…アイツさ、俺の話。ちゃんと聞いてくれたんだってばよ」
「どういうこと?」
「『で、お前はどうしたいんだ』って」
「今でもアンタに聞くわね、シカマル」
「うん。まあアイツは多分俺じゃなくてもそうやって聞くだろうけど」
ポリポリと頬をかく。
「いたずら考える時って大抵集まって円陣組んだりして話すだろ? そうするとシカマルが言うん
だ。『で、お前はどうしたいんだ』って。それで俺が漠然とだけど何か面白い事したいんだってば
よ!とか、…この前いじめられた仕返しがしたいっんだってば…とか、イルカ先生が元気なかっ
たから、ちょっとびっくりさせたいとかそんな事言ってさ。それまで俺に『何がやってみたいんだ』
とか『何でそうしたいんだ』とかちゃんと聞いてくれる人が居なかったからさ最初スゲーびっくりし
ちゃってさ」
本当に懐かしい。
「横でポカンとなってたら『なにアホ顔してんだ口開いてっぞ』って超口悪くてさ。何だコイツムキ
ーってなったけど色々作戦考えてくれてさ。俺が今度はコレがしたいとかアレがしたいとか言っ
ても面倒くせぇなあとか言いながら眉間に皺よせて色々考えてくれてさ。それ見てるうちにコイツ
は俺のこと他の奴みたいに蔑んだりしてないんだってわかってさ。それからはシカマルが考えて
るところをワクワクしながら待ってたなって。だからシカマルの横顔ってよく見てたなあ、と」
「そういう意味ではアンタ達も付き合い長いよね…」
しんみりと言うサクラちゃんだけどサクラちゃんとだって十分付き合い長いってばよ。
サクラちゃんはきっと正面に立って、まっすぐ手を広げて俺を受け止める。嬉しい時も苦しい時
も間違った時も。何かあったら真正面からぶっとばしてくれるだろうってのは予想付きすぎて若
干悲しい。綱手様の弟子になって磨きかかり過ぎだってばよ。
逆にシカマルは横だ。傍らに立っていてくれたり、ちょっと後ろに立ってたり。
俺が間違ってれば追いかけてきて、腕を掴んで並び立つ。何が間違ってるのかちゃんと教えて
くれる。嬉しい時には良かったなって肩を叩いて笑ってくれる。俺が悲しい時はその背でそっと
影をつくってくれる。
そりゃ将棋うつときはもちろん正面だし(…あーでも俺が考えてるとき横向いて庭とか眺めたり
空見たりしてんなあ)相対して話をしない訳じゃないんだけど。
ああ、でも帰ってきた時だけはいつも俺を正面から迎えてくれるなあ。
思い出してフッと笑う。
「あいつ、意外とかっこいいってばよ」
「………」
サクラちゃんが深い溜息をついて眉間をグリグリと押している。うん?疲れちゃったってばよ?
「とりあえず、わかったわよ。何か分かりたくないトコもわかった気もするけど」
未だ眉間を抑えつつ、若干怒ったような声でサクラちゃんが言う。
「だけどね、あんたがシカマル見てそんな顔するには10年早いわよ。まずカカシ先生や綱手様
がアンタを見てそんな顔をしてからでしょ!」
「うえ?」
そんな顔ってどんな顔だってばよ。まあいいたいことは何となくわかるけど。
「あー、うん。…まったく言葉もありません」
「本当にわかってるんでしょーね?」
 めっちゃ怖い顔で見られてる。ここで返答間違えたらなんかすっごいヤバイ気がする。
がんばれ俺。
「…俺にはまだ自信ないなあ。あの二人に安心した顔で笑ってもらえるなんて、いつになるか
なあ」
そう言ったら今迄で一番深い溜息をつかれた。
「…馬鹿ね」
言葉とは違い、柔らかい声。あんたは十分頑張ってるわよと伝わってきて。
「ありがとう、サクラちゃん」
そう言って目標の為にもまずは再び書類の山に向かい始めることにした。