喧騒の中に足を踏み入れる。
正確には喧騒という程のものではないけれど。
未だに慣れない待機所というこの場所。
上忍などが多いこの場所に再々足を踏み入れることなどなく、用があるときのみ訪れるだけだ。
中忍ベストを着て出入りしても別段咎められることもないとはわかってはいるが、何というか…
居場所が無いというのが近いのか。
今では見知った顔も少しいるので多少気は楽になったが、いっそ下忍だった頃の方が気楽に入
れていた気がする。
「よお、シカマルじゃねーか。珍しい」
辺りを見回す前に声をかけられて正直ホッとする。
「どうも」
声をかけてくれたゲンマさんに頭を下げると部屋の奥の方で笑い声がドッと起こった。
何やら盛り上がっているようだ。
ふと、その中に聞き覚えのある声が混じっていたような気がしてそちらを見ると予想通り自分と
同じ箒頭が目に入った。
「あっち親父さんいるぜ」
ゲンマさんの声に肩を竦める。
「そうみたいですね」
「うわー、寒い親子だなあ」
「いや普通じゃねえっすか」
人をからかうつもりらしいゲンマさんにとりあえずシレっと返す。
「ふーん…」
相変わらずゆらゆらと揺れる千本が不吉だ。
「そういや何かの用事か?」
内心身構えた俺の予想に反して、次に発せられた言葉は別のモノだった。いや本題に取りかか
れて助かるけど。後が怖いとか思うと失礼かな。
早速要件に入る。
「コテツさん見ませんでしたか?」
「あー…」
何やら思い当たる事があるらしい顔である。
「お前が来るほんのチョット前にイズモが血相変えて来てよ」
「…ああ」
なんとなく察した。
「アイツ何やらかしたんだ」
こちらも言わずとも察した言葉である。
俺を呼びにやっただけでは気が済まなかったのか、しびれを切らした火影様が追い打ちをかけ
たらしい。どちらもご愁傷様である。
「いや、今日綱手様のご機嫌が地を這ってまして」
「あいつタイミング悪いな…」
「まったくです。おかげでこっちも余計なとばっちり受けましたけどね」
思い出しただけでつい溜息が出る。
「まあイズモさんが捕獲しに来たのなら俺はお役御免なんでいいんスけど」
小さく肩を竦める。
「んー、じゃあお前暇か?」
「ええまあ、この後は特に何もないですけど」
「俺昼飯まだなんだよ、行かね?」
こちらもとばっちり受けたせいで喰いっぱくれてたのでナイスタイミングだ。
「あの店っすか?」
「そうそう。この前から行きたくてよ」
ああ、と思い当たる。
「かぼちゃの美味い季節になりましたもんね」
「ほっとけ!」
かわいくねえなあと頭をガシガシされつつ待機所を出る。


「なあ、シカクさんって家でもあんな感じなのかよ」
案の定、定食とは別にかぼちゃの煮物を頼んだゲンマさんが俺に聞く。
ここは以前、何かの拍子に俺が和食が好きとかそんな話になってじゃあ旨い店があると誘われ
たところだ。早い安い多いの店が人気の忍びにあって、こういう店に来たがる人間が少ないっ
て事らしい。
「あんな?」
先程の親父の様子が浮かぶ。
他のざわめきに混じって聞こえる、耳なじみのある豪快といえる笑い声。
脳内の様々な記憶と重ね合わせてみる。
「あー、概ねあんな感じっすね」
「なんか想像つくな」
聞いておいてなんなんだけどよってゲンマさんも苦笑する。
「でもどっちかというと家にいる時の方が静かかもしれませんね」
「へえ」
このところ特にそう思う気がする。
「俺、昔からこんなんだったんで、家でも主に喋るのは親父とお袋の二人だったし」
「うっわ、目に浮かぶな」
放っといてくださいとジト目で見やるが、それ以上まぜっかえすつもりがないようなのでその
まま続ける。
今更ながら子供らしい子供ではなかっただろうと思う。
普通、小さな子供がいる家では賑やかで、騒がしくて華やかだ。
対してうちはどうだっただろう。
…騒がしくはなかったと言うしかない。とりあえず俺の性格を把握してきた二人は聞き上手と
いうより、引き出し上手であった。
聞かれるがままに訥々と出来事を語る俺になんやかんやとうまく質問を入れたり、ツッコミを
入れたり、相槌をうったりと端的に語る俺からいろんなことを聞き出した。
「お袋が色々聞きたがるタイプだったから、その日あった出来事とか語らせるんスよ。でも俺
が面倒だからすっげえ省略して話すもんだから怒られて。親父はそれに付き合って気まぐれ
に色々あれこれとツッコミ入れまくってましたね。今思えば、若干誘導尋問的な事もやられて
た気がしないでもないです」
ある程度語らせたらお袋の気が済むってわかってるから、面倒な時はソレでサクッと要点話
させてたに違いないと今なら思う。なんて親だ。
「うわあ、容赦ねえなシカクさん」
おもしれえって笑いながらもゲンマさんの口から千本は落ちない。いつ見ても謎だ。
「ん?でもそしたら家でも喋るんじゃねーの?」
「あー、いえ。それは昔の話で」
「ん?」
「…いつ頃からかよくわかんねぇですけど。今では静かに酒飲んでたりしますよ」
お袋は相変わらず色々聞いてくることもあるけれど、それも昔に比べれば少なくなった。
その場に親父が居ても、横で聞いているのかいないのか分からない風にしている事が多い。
時折思い出したように何か言うくらいだ。
「…へえ」
「まあ最近は任務ですれ違いとか多いから、家に居る時間も少ないですしね。」
「へー、ふーん、そうか〜」
突然ニヤニヤとするゲンマさんにちょっと嫌な予感しかしなくてうんざりした顔を向ける。
「なんですか」
仕方なく突っ込む。
未だ無駄に男前のニヤニヤは止まらない、なんか余計にムカつく。
「良かったな」
ポンと向かいから肩を叩かれてポカンとする。
「認められたって事だろ、そりゃ」
「え」
「シカクさん、もうお前に口を出す必要がなくなったって事じゃねーか」
ゆらゆらと揺れる千本をぼんやりと見つめてしまう。
「いや、そりゃねーと思うんスけど…」
自分がまだまだ全然ダメだって事は親父だって知ってる筈だし。
「まあ、完全な一人前かどうかは置いといてよ。とりあえず放っといても何とかなるって程度
には信用されたって事じゃねーの」
そうだろうか。
「お前、意外と自分に自信ないタイプだったんだな」
「意外ってどーゆー意味ですか」
「いや、言葉のまんま」
ケロリと答えられても困る。
「え?俺、自信満々に見えます?」
「あー、そうか。いや、そうじゃなくてよ」
斜め上を向いてうーんと考え出したゲンマさんがポンと手を叩く。
「お前、自分の力量ってヤツを大体理解してんじゃん。だからもっとこう、線引きみてーなの
が出来てるのかと思ってたってコト」
そーだよなあ、お前まだ十代だもんなとしんみりしはじめてしまう。
まあ、なんとなく言いたい事はわかった気がするけど。
「正直、俺の周りにやたらと凄い人とかスゲー奴とかが多すぎるんで、どうも感覚麻痺って
んですよ。だから俺に出来ることは少ないし、まだまだだっていつも思ってます」
きっぱり言うと今度はゲンマさんが間抜けな顔をした。
「?」
「…そうか、お前自己評価も低いのか…」
「いやだから俺なんて全然ですって」
「うん、とりあえずその話はおいとこう」
「…ハイ」
どす、と椅子の背に身を置いたゲンマさんが一区切りつけるように言う。
「とりあえず、だ」
「ハイ、季節の野菜定食とかぼちゃの煮物、鯖味噌定食お待ち〜」
ここでバッサリと切りこんだ店員さん素晴らしい。
そして。
「お前はまたオッサンか!」
「そっちこそ女子か!」
「あーくそ、俺今からすっげいいこと言おうとしてたのに!ちくしょう、かぼちゃ旨え」
「…何か色々台無しですけど」
「いいんだ、暖かいものは暖かいうちに食べるんだ。それが幸せだ」
「ま、そーすね」
任務中に暖かい食事なんてありつけやしない。この人が食事を大事にするのはそんな事も
あるのしれないなと今ちょっと考えを改めた。一応叩き上げの人だしな。
…この流れ、なんか違う気もするケド。
「お前、親父さん尊敬してんだろ」
「まあ一応」
本人に対して口に出してはやらないけれど。
「…いいな」
「不肖の息子ですが」
「黙って見守られてるだけじゃねえだろ。次は対等になれるようあがいてる。それでいいん
じゃねーの。少なくとも、親としては十分だろ」
「色々と心配はかけたと思うんで、それなりに頑張りますよ」
「あー、お前の子供時代の話って面白そうな」
「…ネタにされそうなんで言いません」
「まあそういうなよ」
再びニヤニヤとした顔を向けられて今日何度目かの溜息をつく。
「ゲンマさんの子供時代の話をしてくれたら考えます」
「このかぼちゃやたらと美味いなあ」
急に遠い目をしはじめたゲンマさんを置いて俺は鯖を胃袋に収める事に集中することにし
た。
ついでに、さっきのゲンマさんの話も。多少疑問も残るけれど、これはこれでありがたい事
だと思う。いつか俺の中でキッチリ消化できでこの身になるといい。
だから。

「ご馳走様でした」
「お前、ホントそーゆートコきちんと躾られてるよなあ」
しみじみと言われるけどこればっかりは仕方ない。脳裏に浮かんだ我が家の真の主の姿
をあわてて追いやる。
「すみません、先に出ます」
「おー、またな」
ヒラヒラと軽く手を振るゲンマさんに会釈をして別れる。
店を出ると日差しは暖かいが、やや風がひんやりとして寒さを感じる。
それは2人分の出費のせいではないと思いたい。
まあ、陽の光だけではない暖かさが胸に残るっているから良しとすべしと家路に向かう。
庭の木々は未だ青いが、先の山々では既に紅葉が鮮やかに色付きはじめていた。