吐く息は白い。
目前に広がる景色は更に白く、一面に広がっている。
ひとことに「白」といっても様々な色味が溢れかえっている。見慣れた景色がまるで見知らぬ、
不思議な情景のようにも思えてくる。
家屋に積もった雪、木々に積もった雪、地面に積もった雪。屋根や窓、草や枝、岩や石ころ、
そのどれもこれもそれぞれが白という色でありながら様々な存在を主張している。
初めて見る光景でもないのに、世界の色に心が震えた。
突然降って湧いた気持ちに戸惑いながら、それでもなんでもない筈のこの風景を美しいと心
に刻む。
だがそこに黒い影は存在しないようで、踏み出す一歩を躊躇われた。
勿体無い。
なんとなく犯しがたいような、罪悪感のようなものが胸を突く。
影を落とす黒は自分の一族の力と通じるもので、それを別に不満に思っている訳ではないが
確かに奇襲や暗殺向きのこの力を嫌悪する者もいる。だが、忍びとして生きるのであれば…と
自らの手を見る。
血に塗れようと、それでも進まなければならない。任務ならば命をかけ、奪うことだってある。
知らず俯いた俺の後ろから慣れた気配。
「うっわー、すっげー積もってるってばよ!」
聞きなれた声がいつもより弾んでいる。
俺の横をすり抜けて、よっしゃ一番乗り〜と駆け出しかけたナルトがピタリと止まった。器用
に踏み出そうとした足を止めて。別に影縫いをした訳でもないのに。
「あれ、シカマルってばこーゆーの、勿体無いって思うタイプだったっけ」
首をかしげつつ、でもアカデミーの頃雪遊びしたよなってわかりやすくクエスチョンマークを
浮かべている。
「いや、そーじゃねーけど…」
確かになんか色々やったなあと昔を懐かしく思いながらも、逆に思い出せば今の気持ちが
気恥ずかしくなってどう言えばいいのか迷う。だがナルトのキョトンとした顔を見てまあいいか
と素直に吐露する。
「今日は、なんとなく、な」
「ふうん…」
詳しくは聞かず、ナルトは足をおろして俺の横に並ぶ。
まだ早いこの時間、家々から立ち上る煙もまだまばらで静けさに満ちている。
穏やかな、真っ白な世界に踏み出すのを躊躇わないナルトに、らしいなと苦笑する。
穢すのではなく、軌跡を残す。
コイツを見てると同じ足跡でも違って思えてくるから不思議だ。白い世界を太陽の明るさで
キラキラと輝かせる。
「ま、なんとなくわかる気もするけど」
だが飛び出してゆくと思ったナルトは珍しく同意した。思わず隣を見るが、その顔は少し記
憶より大人びているような気がした。
静謐で長閑やかな朝。
「あ、あそこ足跡がある」
沈黙を破ったのはやはりナルトで、それでも空気は安穏としている。
「なんかさ、光と影って感じ」
「は?」
自分とはまるで逆の発想のナルトに聞き返す。
「え?」
まるで意外な事を言われたかのようなナルトにこっちが首を傾げたくなる。
パチパチと数回瞬きをした後、蒼い瞳が頭上の空と重なった気がした。
「だって白い色って黒がないとその白さが引き立たなくね?」
何故かガツンと頭を殴られた気がした。
「猫かなー、犬かなー」
それだけ言って無邪気に指差した先に転々と不思議な軌跡を描く足跡。獣独特の予測不
可能さにナルトが重なった。深く考えてないからこその、嘘のない声に思わず緩んだ口元。
ナルトが眉を寄せる。
「シカマル、今変な事考えたってばよ」
「まさか」
こんな時だけ妙に勘が鋭いナルトに呆れつつ、心の中で白旗を上げる。
いつだって、救いたいのにいつの間にか救われている。それは相手がナルトじゃなくても
同じで。
いつか、俺も誰かの救いになれるだろうか。以前の俺なら面倒臭くてそんな大それた事を
と考えただろうに、いつの間にかそんな思考が嫌じゃなくなってきている。
「で、何でお前はここにいるんだよ」
「…何だか早く目が覚めたんだってばよ」
「で?」
「ホラ、シカマルって早起きのイメージあるからさ、爺くさいし。せっかく綺麗に雪が積もった
し一人じゃもったいないからさ〜。散歩ついで?」
「爺くさいは余計だ」
ジロリと睨んで溜息をつき、ふと思い出した。散歩といえば…
「ナルト、雪玉ってどれくらい飛ばせる」
「えーと、それはチャクラを使うって意味?」
再び顔にクエスチョンマークのナルトにニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
そして俺の顔を見たナルトが何も聞かず心得たように雪玉を丸め出す。
「こんな感じだってばよ?」
十五センチくらいのやや大きめなソレに俺は頷く。アカデミー時代に培った連携はまだ
生きていたようだ。
予定調和で退屈で、だけど平和な世の中を望んでいた筈なのに。
規則正しくない、枠にはまらない。
日常を吹き飛ばし、だけど予測できないソレが面白いと思うようになってしまった。
この責任はとってもらうぜナルト。
「方位北北東、角度三十度」
指差したのはとある家の屋根の辺り。
「オッケーだってばよ!」
わくわくしたような声に笑う。
「よし、撃て!」
「おりゃ〜!」
掛け声と共に発射された雪玉が綺麗な放物線を描く。
それを静かに眺めていると、ふいに現れた二つの影のうち一つが。
…声もなく沈んだ。
「よし、命中!」
「お前、そのチャクラ事故レベルじゃね?」
「きっとキバだから大丈夫だってばよ!」
既に近くなってきていたチャクラで予想していたようで、ガッツポーズのナルトに呆れた声を
返すが帰ってきた答えはもっと呆れたモノだった。ほんの少し、キバに同情した。そりゃ提案
したのは俺だけどよ。
「…とりあえず逃げるぞ」
「了解!」
屋根から落ちた影が高速でこちらにやってくるのを視界に収めつつ俺達は逃げ出した。