木石に非ず 

ぼくせきにあらず


「なあ、シノにとって紅先生ってどんな先生だ?」
「うむ、良い先生だ」
「そうか」
短く言った後の続きを待ったがいつものアレはなかった。
「ん?『何故なぜならば』はないのか」
目を細めて懐かしむようなシノにからかうような茶々を入れる。
「そういうお前こそ珍しいな、昔話など」
はぐらかすなよ、と酒を勧める。
「先にはぐらかしたのはお前だ、シカマル」
残りの酒を飲み干したのを見計らって継ぎ足してやる。
シノは酒豪とまではいかないが、結構イケル方だ。キバと一緒に飲んで介抱する側に
回ってるイメージがあるからどうしても見誤りがちだが、本来は量より質のタイプだ。
「うまいな」
「情報を聞き出すにはまずその気になってもらわねぇとな」
笑いながら言うとシノも苦笑しつつ答える。
「謀事にはのらんぞ。面白いなら一枚噛むのもやぶさかではないが」
「おっと、言うね」
まだ少し時間が早いせいか、思ったより静かな時間が流れる。
個室っぽく仕切られた空間の居酒屋が周りの喧騒を少し遠ざけるからか。
自分だってそうだか、シノは更に輪をかけて無口だ。
だが互いにそれを知っているので問題などなく、思い出したようにポツリポツリと
近況などを語り合う。
「そういやあさ、お前の報告書は読みやすい」
「そうか?」
「ネジ辺りもそうだけどさ。簡潔に事実だけ述べるってこれが意外と難しいんだぜ。
大概余計な説明とか独りよがりな考えとか、しまいにゃ大袈裟に手柄を取ったように
書かれたりさ。ほんと、めんどくせぇよ」
「まあ人というのはそういうものだ。どちらかというと俺の報告書は簡潔過ぎて
同僚からは余り好かれない」
「だろうな」
思わず肩をすくめる。全く持って想像がつき過ぎる。
「そんなに自分を過大評価して欲しいのなら、もう少し自分を研いて欲しいものだ」
「本当だぜ」
中忍風情の俺達に言われたくもないだろうが、それにしても勘違いしている者は
往々に居るものだ。
「そういう奴らを見てるとな、自分は紅先生の弟子で良かったと思う」
「……」
どうやら本題が紅先生の事だと気付いていたらしい。聞けても、聞けなくてもいいとは
思っていたが律儀に話題を戻してくれるらしい。
ゆらゆらと揺れる透明な液体の表面がシノのサングラスを映している。
「お前なら経験あると思うが…」
言い出したシノの口がやや歪む。
「お前は一族の力について何か言われた事があるだろう」
「…まあな」
「当然俺もある。そういう意味ではキバもそうだな。アカデミー時代にはそれで
からかわれたりもしたが、それよりも…」
やや言いよどむシノに酒を勧めて俺も言う。
「そうだな、俺は陰気臭いとか人殺しの術使いとか言われたな」
その昔、というほど前ではない過去に言われた言葉を思い出す。
シノが言いたいのは多分そういう事なんだろう。
血継限界等とも違う、自分達それぞれの一族特有の能力。
他者と違うモノを人は受け入れにくい。

「そうか。…俺は純粋に気持ち悪がられたな。一族では当たり前のことが普通じゃない
と理解した時、少し傷ついた」
少しと本人は言うが、本当は今でも結構気にしていると思う。油目シノというやつは
意外と繊細なのだ。
普通言った方は言われた方がどう傷つくかってそんな事は欠片も気付かないんだよな。
しかも大衆が正義だと思い込んでる。
「まあぶっちゃけ俺やお前は名家とか言われちゃいるが、うちはや日向とかと違って敬ま
われたりしてる訳でもないしな。逆に特殊な技を使用するから他の名家よりちょっと警戒
されてる。小さい頃、チョウジやいのに比べて俺だけが気味悪がられた時は流石にカチン
と来たぜ」
まあガキだったからな、と苦笑しつつ付け加える。
それまでじっと杯に視線を落としていたシノが「やはりお前もか」と小さく笑う。
「だがそんな俺やキバ、そして複雑な家の事情を抱えたヒナタを紅先生は全く普通に
接してくれた。この際だから言うが、俺は大人からもあからさまに避けられた事がある」
「…あー、俺もあるかも」
「うむ、では嫌われ者同士で」
乾杯と軽く杯を合わせ一気に酒を流し込んで笑う。
ようやくシノの表情が少し明るくなった気がした。
いや、表情読みにくいヤツだから違うかも知れないけど何となく。
「紅先生はそんな俺達に恥じる事などない、それこそが強みだと教えてくれた。
ただ認めるだけでなく、生かす術やそれをどう生かし発展していけばいいのかを学ばせて
もらった。正直一族以外の大人に正面から認めてもらった事などほとんどなかったのでな、
…嬉しかったよ」
「…そうか」
「ああ、だから俺は先生に恥じる事のない忍びになりたい」
「そうだな、それはわかるよ」
いわれて自分の脳裏に浮かぶのはあの熊だ。
自分は全然まだまだで、これからも色々な人に教えを請うてゆかなければならないだろう。
だが俺の師匠はきっと、ずっとアイツだけだ。
そんな事を思っていると見透かしたようにシノが付け加えてきた。
「お前が想っているように、俺達も紅先生の8班であることを誇りに思っている」
「ああ」
「何故なら紅先生は美人だからだ」
「…そんなオチでいいのかよ」
「重要案件だ」
「ま、ちがいねぇけどよ」
―珍しい組み合わせの飲み会は、深夜遅くまで続いた。