※妄想捏造未来のお話です。
お心の広い方のみお読み下さいませ。
切り取られたような、静かな部屋に落ち着いてからどれくらい経ったのか。
休憩がてら外を窺った時はまだ宵闇の頃だった筈だが。
いつの間にかすっかり集中してしまったようで、漸く視線を上げて先程の窓を見やると既に
濃闇の世界になっていた。
顔を上げたついでに凝り固まった肩や首をいつもよりややゆっくり回す。
ボキボキとやや鈍い音はもはや聞きなれた。体の様子を少し確認したところでさて、と再び
視線を戻そうとして。
コンコンコン。
軽快なノックと共に返事を待たず扉が開かれた。
「はぁ〜い、火影様。お仕事持ってきましたよ」
バーンとご自分で効果音迄つけそうな勢いで現れた人は今度は後ろ手にペシリと扉を閉め
た。
左腕には幾つかの巻き物と書類がみっちり収まっているので、その動作は右腕一本で行わ
れている。まったくもってどこまでも器用な人である。
片眉を上げてその様子を見守り、溜息をついた。
「俺は火影ではありません」
「えー、でも実質火影みたいなもんデショ」
「違います」
「ふぅぅぅん」
憮然って顔に書いてあるみたいだよと意地の悪い笑いを湛えながらこちらを見る男前。
食えない人である。
現状の俺といえば目下他里へ出向いてる火影の代理で最低限の業務を務めてはいるが、
必要以上に手を出す気も、それこそ成り変わる気もない。そんな下らない混乱を招くような
面倒な事を俺がする筈がない。幼馴染にもそうまったり笑われた記憶がある。
「元はといえばアンタの教え子がいつまでたっても落ち着きないからでしょうが」
ジロリと見返しても相手は澄ました顔だ。
「うちの火影様は人気者だからねぇ〜。各国に請われてまさに世界中を飛び回ってるから
仕方ないんじゃない?」
自分の教え子を褒められて途端手の平を返すような返事をしながら、ニヤニヤと見せつけ
るような笑み。
「君だってナルトに『留守は任されたから好きに行って来い』って言ったじゃない。正直意外
だったけど」
人をからかう気満々だった目が少し落ち着いてこちらを見ている。
「…アンタだって賛成したじゃないですか」
わざとらしく溜息をついてこの話を終わらせようと再び筆に手を伸す。
ドサドサ。
問答無用で手にしていた巻き物の一部だけを綺麗に俺の机の上に落とした、超絶器用な
人が居ます、仕事の邪魔なんで誰か引き取って下さい。心の中でその額にのしまでつけ
てやった。
いっそ暗部でも呼んで追い出してもらおうかと思ったが、この人自体が既にビンゴブックに
載ってる元凄腕暗部だったなあと諦めの境地に達しそうになる。
めんどくせえ。
「…何ですか」
若干視線が目上の人に対するモノじゃなくなったのは許してもらいたい。
「確かに賛成したよ?だからって君を安売りして欲しかった訳じゃない」
いつの間にかカカシ先生の顔から笑いが消えていた。
ああ、本当に面倒臭い。
残りの荷物をやけに丁寧に机に置くのをぼんやり眺める。
この流れは分が悪い。が、どうにも逃げれそうにもない。そう易々と誤魔化されてくれる筈
がないんだよなあ、なんていつの間にか長くなっていた付き合いから理解する。
「ま、俺なんかで釣られてくれりゃ御の字じゃないですか」
「シカマル!」
大丈夫かなー、地雷かなーと迷った発言は残念ながら地雷の方だった。
俺的には本当の事なんだけれど。
ナルトが火影になった。
遂に、といっても過言ではないかもしれない。
晴れやかな仲間の顔を見てこちらまで顔が緩みそうになったのを覚えている。
勿論様々な事があった。
嫌な事も、辛い事も、表沙汰には出来ない事も。
…ナルトには言えない事も。
しかし火影になったからといって、ナルトの性格が変わる訳でもなく。
デスクワークを放り出して外に飛び出しては、それでも火影らしく物事を収めてきたりする
うちに『火影元気で留守がいい』というどこかで聞いたような状態に落ち着いた。
あの大戦が終わったとはいえ、世界はナルトという英雄を忘れられない。
そして一時的とはいえ敵対したサスケの事も。
だからナルトには持ち前の社交性を生かして各国との連携を深めてくるようにと外に出し
た。
木の葉だけではない、里と里を繋げる懸け橋としてもまだナルトという英雄の存在は必要
だったから。
そして護衛としてサスケを同行させた。1歩引いて火影を護るサスケの姿を世に示し、あの
頃とは違うと分からせる為にも必要なプレゼンでもあった。
暴走しがちなナルトを冷静にサスケが諌める。
そんな姿をいつの間にか微笑ましく見守る人も増えた。
今はそれでいい。
いずれ世界も落ち着いた頃にはナルトも火影らしくなっていることだろう。
「さっきから消毒液っぽい匂いがするんだよねー」
「…気のせいじゃないですか」
「ナルトにバラしちゃおうかな」
この人に無表情で言われると流石に怖い。
「…わかりました、今後はもっと注意します」
両手を上げてお手上げのポーズで訴えてみた。
ピクリ、と眉が微かに揺れたのを見て少し息をつく。
ナルトとサスケという里内どころか世界でも稀なる力を持った二人が里を出れば、当然そ
の留守を狙って色々と画策をしかけてくる輩が現れるということだ。
カカシ先生が言うこの怪我もそういった類のものだ。
別に好き好んで囮になった訳でもなりたい訳でもないが、残念な事に狙いとしては一番恰
好な人物であることは否めない。
もう一人のナルトの補佐は医療忍者の癖にアレだし。実は綱手様と血でも繋がってんじゃ
ねぇかとたまに疑いたくなる。
個人的にはおかげで戦争が終わって気が抜けかけていた里の忍びのレベルアップが図れ
ているので結果的には良しとか考えているが、俺も自分の身がかわいいので今は言わな
いでおく。
ま、折角なので内外の不穏分子を一掃するのも兼ねたナルトの放出だったということだ。
それはカカシ先生や綱手様にも呆れられながらも了承はもらっていた筈なのだが。
地雷だったかー…と何だかんだ言って実は面倒見のいい人を見やる。
仕方なくもう少し情報を開示してみる。
「ナルトが帰ってきそうだったので少し事を急いだんですよ」
「…サスケかい?」
「はい。ある程度の動向を知らせてもらってます。だた、相手がナルトなんで流石のサスケ
でも行動の予測はつけにくいみたいですがね。それこそ昨日、もうすぐ木の葉に着くと連絡
してきたくらいですよ」
苦笑するとようやくカカシ先生の表情が解けた。
「それでサクラ達を早目に帰したのか」
「ええ、予定通りなら明日にでもいきなり帰ってくるんじゃないですかね」
「はー、余計な心配しちゃったじゃないの」
ようやく表情を崩したカカシ先生に違う心配をさせた事に気付く。
「ああ、単独行動すると思ったんですか」
ジロリと睨まれて肩を竦める。
この人、ホントにお人好しだよな。
「俺そこまで殊勝な性格じゃないと思いますが」
苦笑しながら言うと、最近のシカマルはちょっと怪しいと睨まれた。うへえ。
「どうやら違う単独行動をするつもりだったみたいだけどね」
実はカカシ先生が抱えてきた巻き物と書類は性質的にあまりナルトに見せたくないものが
殆どだ。
「で、火影代理。この書類今日中に片づけるつもりなの?」
「……えーまあ、多分」
「仕方ないね、手伝ってあげるよ」
「いや、しかし…」
「あ、そうだ。今日の護衛の暗部の中にデスクワーク得意なヤツいないの」
「…それは勘弁してあげて下さい」
「じゃあコテツとかイズモ辺り呼ぼうよ」
「アンタ結構鬼ですよね、まあ知ってましたけど」
「………」
無言の笑顔という圧力に屈して、多分今から呼びつけられるであろう先輩達に心の中で
合掌した。
嬉々として人様の護衛暗部を使って2人に召集かけた悪い大人が更にやたら清々しい
笑顔で言った。
「だって徹夜明けにナルトに会いたくないもん」
すみません、元火影候補のダメっぷりが半端じゃないんですけど。
思わず天井を仰いだ俺に罪は無い筈だ。
護衛暗部さん達の同情めいた視線を背に受けつつ、問題の書類たちに手をかけた。
「あ、それと。サクラに言われたんだけどシカマルがやたら効くけど味が酷い丸薬とか、
無味無臭で異様に効果あるけど調合が難しくて失敗する確率高くてしかも量間違えたら
副作用が出る軟膏とかそんな不穏なものばっかり開発してくるからどうにかして下さいっ
てさ」
「あると便利じゃないですか」
「うん、便利だけどね」
あ、ヤバイ。カカシ先生が再び危険な形相になりつつある。
「まあ今日のところはこれで」
引き出しから確保しておいた一楽の割引券を取り出す。
困ったような笑ったようなカカシ先生が仕方ないなあとそれを受け取った。
「さ、ちゃっちゃっと終わらせようか」
揺れた心は静かな夜の気配に晒さずに、明日の太陽の夢を見る。