※ 通常より捏造&妄想多めです。ご注意下さい。
許可なき者の立ち入りを禁じ、ある一族のみが管理するその森の話は聞いた事があった。
とりたてて隠している訳でもないが何となく暗黙の了解のようで、ああアレかと里の外れに迄
広がる深い森を見やった記憶はそれなりに古い。
里にあってそこそこ広い範囲のその森の周囲には罠や結界が張り巡らされており、不用意に
立ち入った者はそのことに後悔することになるという。当然その身をもって。
噂では死人も出たことがあるなどと、そんな物騒な話を聞いて肝試しのような事を全く考えな
かったといえば嘘になるが、その名の知れた一族に目をつけられてまで成し遂げたい程の好
奇心の塊でもないのであっさりとその誘惑を放棄したのが果たしていつだったか。
そんな事を思い出しつつ、ぼんやりと視界に入った濃い緑。
背後には月と追っ手。
仲間とは散り散りに別れた。
おそらく当初の半分も生き残っていないだろう。
敵の気を引く為にくわえた千本を噛みしめる。
…気のいい先輩だった。
「千本なんてもってきてるんすか」
忍具の確認の際に覗いた手元。
「ああ、コレは仕込み千本だからな。ま、いざって時には役に立つさ」
そんな会話を交わしたのはつい昨日の事だ。
形見のように奪ってきた千本は悔しさのあまり握り締め過ぎて手がダメになりそうだと何故か
そこだけ冷静な思考が浮かび、咄嗟に口にくわえただけだった。
ポーチにしまう程の余裕はない。
声も立てず倒れた先に放物線すら描かず落ちたこれをとっさに拾うだけで精一杯だった。
まあ、お陰であのふざけた奴を追えとか言われたのは巻物を持った仲間を逃がす為に都合
良かった。千本を口に銜えたのは余裕をかましているととられたらしい。
一旦散開したものの、その後何人かと合流出来た俺は運が良かったのだろう。
こうして今、まだ生き残れているのも。
最後に再び二手に分かれた際、追っ手を引き付ける役目を負ったのは俺の班だった。
まさに死にもの狂いの戦闘のおかげで奴らが本命に追いつくのは防げた筈だ。
その代償のようにこっちの班はほぼ全滅だけれど。
というか現在進行形で全滅に向かい中だ。まあ奴らもほぼ道連れにしてやったのが救いか。
背後の追っ手を窺う。先程一人なんとか仕留めたので残りは多分手負いが一人。
で、こちらも重症の俺一人。
目前に迫るは噂の禁断の森。
敵を里におびき寄せる訳にも行かず、かといって里に向かわないのも敵が怪しむと迂回して
進んでいたらこの有様。
俺の記憶が正しければこの森なんか地図より広がってます、絶対に。
…だから文句は地図作った奴に言ってくれ、俺のせいじゃないと開き直って踏み込んだ。
◇
…さて、正直にっちもさっちもいかなくなって森へ逃げ込んだものの、逆に命が余計に脅か
されているこの状況をどうしてくれようか。
血を失いすぎてフラフラしそうになりながら里の方角らしき方へ進む。
手負いの追っ手は気の毒な事に森に侵入して早々にくぐもった声と共に暗闇に消えた。
あれ即死だろうなーとぼんやり思う。
どうやら敵さんはこの森については何も知らなかったのだろう。流石に予備知識があるか
ないかでは生存確率が違う。しかも予想の斜め上をつっぱしるオプション装備。
というかあの罠本気でヤバかった。もう少し気を抜いてたら自分があちら側だったと背筋
が寒くなった。たかだか森の侵入を禁止する為だけにここ迄危険な罠が必要なのか。
いや確かに俺はそのおかげで助かりましたけれども。
他にもちらほら色々と発見してげんなりしている。気を抜いて罠にかかれば足止めをくって
失血死か、運が悪かったら即あの世行き。
俺の気力がどこまで持つか、その前に体力が尽きるのが先か、どちらが早いか競争ですっ
てこの状況どんな拷問だ。
一人ツッコミしているところでそろそろ目がかすみ出してきた。
「!」
少し休むかと立ち止まろうとして前方に人の気配。
このタイミングで現れますか。里の方角からっぽいので敵ではないだろうが。
いっそ気を失って倒れたいところだが残念ながらまだ意識はあるので「咄嗟に逃げ込みま
したすみません」で許してくれないかなあって現実逃避しながら体力もなく諦めてそちらに
向かって動く。
とりあえず下手に出ておこう、そうすれば多少大目に見てもらえるかもしれない。
なんせこの怪我だし。
月を振り返って、ふっと笑う。
実は一度だけこの仕込み千本を使ってみた。
追っ手に迫られてこの怪我で、後がないならいっそ。
仲間が巻物を持っていったおかげで俺の手元には特に情報は残っていない。つまり生きて
捕まれば『俺自身』から情報が漏れる、ということだ。
そんな無様な事にはなりたくなかった。
だが、仕込んだと聞いた千本には変化がなかった。
畜生、ちゃんと全部仕込んどけよと思わず怒鳴りたくなったが、おかげで何かがふっきれた
のも事実だ。切羽詰まると人間なんとかなるもんだと今なら思う。相手を手負いにしてなん
とかここまで逃げおおせた。
さて、問題はこれからだ。
どんどん近くなる気配に深呼吸をして。
…ってアレ?なんかこの気配は…
ガサリと茂みを踏む音がして。
「うりゅ?」
奇妙な声に目を見張る。
「子供?」
「…誰?」
「……」
「………」
数秒の間。
「…あ、違った」
声と共に現れた子供は肩からぶら下げた鞄からごそごそ何やら巻き物を取り出した。
ボフンと独特な音がしてそこから現れたのは今度は青年。
「お前は誰だ。ここは奈良家の森。部外者の侵入を禁止しているのを知ってのことか」
いやいやまてまてまて。俺の心の中で超ツッコミ。っていうかもう口に出してツッコんでい
いですかね。
「…出来れば順番逆が良かったな、小僧」
念の為に控えめに言ってみた。
「やりなおす?」
コテンと頭を傾げられた。
「……いやいい」
俺を失血死ではなく脱力死させるつもりか、この子!
今度こそ本当に脱力して膝を折る。ずっと張りつめていたのが突然気が抜けたせいか身体
に力が入らない。
するとボンと再び特有の音がして、とてとてと子供らしい歩幅の足音。
揺らぐ意識を無理やり起こして顔を上げると、ぐいぐいと口元を揺らされずっと千本を噛み
しめていたのを思い出す。
千本が珍しいのかと思い渡してやろうと力を抜くとそのまま奪われて、今度は逆に何かを押
し込められる。独特の臭いから兵糧丸に似たモノだと理解する。これは食べろという事なの
だろうと今更毒の類を疑っても仕方ないので無理やり流し込む。
「水いる?」
「ああ、すまないな」
素直に口にしてようやく息をつく。
「ありがとう」
未だ霞む目でぼんやり相手を見ると話に聞いた一族の風貌によく似た真っ黒な子供。
「はい」
千本が再び突き返される。
口に。
いや、ぶっちゃけもう銜えるのもきついくらいヤバイんですけど。
千本を手に取って子供に話しかける。
「伝言、出来るか?」
「うん?」
「お前の親父さんにでも」
脳裏にこの子いくつくらいなんだろうなと思いつつ、もう思考もはっきり働かなくて現在俺と
意思の疎通ができてるからなんとかなるだろうと話しかける。
「外の罠に、他の里の…」
あヤバイ。
身体の平衡感覚を失い、地面に倒れ込む。
「…!」
「南西の、方…」
突如異様に突如重くなった瞼。さっきの兵糧丸もどきに何か入っていたのか、はたまた俺
の体力の限界か。もう抗う術も力も気力もなく、深く考えることを止めて俺はそのまま意識
を手放した。
◇
その後気づいたら里の病院で。
絶対安静とか言われつつ色々とこっぴどく叱られたのを覚えている。
文字通り俺達が命をかけて敵を引き付けたせいで他の仲間達はなんとか生き延びて巻物
も無事里へ届けられたらしい。流石に代償が大き過ぎて本命班の連中から妙に気遣われて
しまったが。
だが瀕死の重傷だった俺も後遺症もなく今も無事に忍びを続けている。
そして目の前の黒い目をした子供。
あの森を守る一族。
まだ俺が二十歳過ぎくらいの頃の過去をつらつらと思い出した。
血だらけの見知らぬ男を前にしてあの度胸とマイペースさ。コイツのトコの一族はあんな変
わり者ばっかりかとまじまじと見つめる。
結局あの子は誰だったのかと考えて、そういや当時こいつも一応生まれてたんだっけ。
…ちょっと歳の差に悲しくなる。えーと、コイツマジ何歳だっけ?
「…もしかしてアレ、お前だったのかな。」
ポロリとこぼれた独り言。
ぷらぷらと千本を揺らしてそういやあんな事があったのなんぞすっかり忘れてたなーとか考
えていたら。
「…あ、何か思い出した…かも」
「は?」
目の前の席で黙々と鯖の味噌煮を食べていたシカマルの手が止まった。
「あの時の人、あれゲンマさんだったんですか」
「ん?」
まてまてまて。今嫌な予感がしてるんだが。
「ずっと忘れてたんですけど、千本。銜えた人、どっかで見たことあると思ってたんですよ。
けど親父の知り合いとかかなって…」
「…おい、ソレって」
「俺小さかったし、暗いし身長差あるから顔とかよく見てないし、その人血だらけでびっくり
だしでインパクトあったのにすっかり忘れてました」
ビンゴかよ。
「…お前あれで驚いてたのかよ」
「当たり前じゃないですか。まあびっくり通り越してた感もありましたけど」
「あっそ」
ガクリと肩を落とせば、あん時もそんな感じでしたよねって突き刺さる言葉が痛い。
「で、本当はいつ思い出したのよ」
自分の動揺を置いてとりあえず聞いてみる。
「いやホントに今です」
…お前ね、どうせならそのまま忘れといてくれよ。
「あの兵糧丸試作品だったから心配したんすよね。でもなんかスゲー血が出てるし鹿には
よく効いてたから大丈夫かなって」
「あああああ、それはどうも。後遺症もなく無事に生きてんよ」
ちくしょう、本当にあの時の子供かよ、しかも実験台かって恨みがましく俺が睨むと、まあ
お互い様ですよって答えが返ってきて何がお互い様なんだよと問うてみた。
「相手がゲンマさんだったから良かったけど、それこそ先に追っ手に会ってたら俺だって今
ここにいなかったかもしれないし、森に侵入した人を勝手に助けたり、夜中に抜け出したの
バレたりですっげ怒られましたから」
成程。追っ手が罠にかからず俺に追いついていたら、あの時の俺にコイツを守る力なんて
残ってなかっただろう。ある意味お互いが命の恩人か。
…結局あの千本も仕込みの話が嘘だったのかそれともたまたま俺がハズレを引いただけ
なのか、もうわからないけれど。
今ではトレードマークになった千本を揺らしながら。
「まー、アレだ。お互い生きてて良かったな」
「そうっすね」
いつもの定食屋で束の間の平和をいつもよりありがたく感じる。
忍びらしくないがたまにはこんな日もいいというものだ。