今思えばあの頃感じていたアレを孤独といえたのだろうか。
まだ幼く、世界を知らなかった俺が思い込んでいたソレ。
寂しさは…確かにあったけれど。

異質なモノへの拒絶。
理解されない、しようとすらしない周囲。
同じ里の人間であっても。
一族に貼られるレッテル、偏見。
そういったモノに対して諦めのような気持ちは幼い頃から経験則的に持っていた。
都合良くフィルターのかかった視線で物分りの良いフリをして、そのままソレが身について。
らしくもなく、そんな昔の事を思い出してしまったのはきっとあの光を見たせいだ。

「皆が言う程俺は孤独じゃなかったよ」
明るい太陽の光にキラキラと輝く金色の髪が眩しかった。
俺の知る誰よりも圧倒的な暗い孤独の中で生きていながら、その胸に希望抱き続けて信じた
妬ましい程の強さ。その証のように空の青より澄んだ美しい瞳の色。
心の中まで見通されそうなまっすぐな視線から発せられた言葉に何と返せばよかったのか。
未だ答えは見つからない。
親に守られ、一族に守られ、友人に守られていた俺などとても及ばない。

「シノ、悪い!」
珍しく待ち合わせに数分遅れた同期が現れてくれたお陰でやや自虐的な思考に陥っていた
頭を振り切る。
いつも面倒そうにだらけている割に時間や約束は守る不思議な奴だ。
「大丈夫だ、問題ない」
こいつが遅れるということは多分それなりの事情があったのだろう。不思議とそう思わせる人
徳のようなモノがこいつにはある。本当に事情があったかはおいておいて。
ものぐさの癖に妙にお人好しなせいか、すっかり色々と巻き込まれ体質になっているようでは
あるが。
「…お前は、すぐ面倒だとか言う割に時間は守るな」
「ああ?」
嫌味かとこちらを覗き込んだシカマルが目が少し細めてバリバリと頭をかいた。
「…遅刻して色々言われる方がもっと面倒じゃねーか」
「成程、お前らしい」
サングラスを意味もなく押し上げ、一瞬の判断に心の中で嘆息する。
踏み込まない。踏み込ませない。おおよそ自分にとってこの同期が不愉快な立ち位置をしな
いのは多分、俺達が少し似ているからだ。
「これがお前が言っていたカリキュラムの経過だ」
「急にすまないな」
サックリと話を切り替えて書類を渡す。慣れた様子で幾つかパラパラと書類をめくる姿はアカ
デミー時代から想像もつかない。
「所見までつけてくれたのか、手間かけさせて悪かったな」
一瞥しただけでそこまで目に入るのかと半ば呆れながら答える。
「いや、俺も報告書をまとめるいい資料になったから気にしなくていい」
「そうか」
ふ、と笑った口元にあの人が思い出された。
「シノは変わったよな」
「…自覚はないが」
そう答えるとシカマルは元来の細目を更に細めて笑う。
「ああ、もうすっかりいい先生じゃないか」
評判もいいぜって今度はニヤリといつものようにシニカルに笑う。納得したように書類を収め
る姿につい言わなくていい事がこぼれ出る。
「…彼らを見ていると懐かしくなる時がある」
「…そうだろうな」
こいつの脳裏に浮かぶのは何だろうか。
「あの頃の俺は何も見えてなくて」
「そんなモンだろ」
「…俺は孤独、だと感じていた」
「………」
「…そうだな。俺のイメージでもアカデミー時代のお前はいつも一人って感じだな。ナルトと
は違うが確かにお前も孤独だったかもな」
「蟲使いだということが俺にとって誇りでもあり同時に枷でもあった。いや俺は勝手にそう思
い込んでいた」
アカデミーを卒業して紅先生の元で8班としてキバやヒナタと交流し、それが仲間としての絆
が生まれ公私ともに動く事さえあるようになって。
いつの間にか俺から孤独だという気持ちは消えていた。それと共に自分が余計な殻を纏っ
ていた事に気付いた。
「…孤独な奴は別に居た。俺はそれに気づかなかった…いや、見て見ぬフリをしていた」
「シノ」
「特に興味がなかったから混ざっていじめたいとは思わなかったが、それではダメだったん
だな」
「……」
「フ、まさか面倒臭がりのお前がアイツに関わるとは思わなかったよ」
「あー、まあ成り行きっていうかな…」
今思えばシカマルはあの頃と変わってはいない。
大人に言われた事はそれなりに聞く。ただし、それはコイツの中での何かしらの基準の範疇
において、だ。自分の中でダメだと思う一線があってそれを超えると取り合わない。
教師はそれを子供の我儘と受け止めていたのだろうが。
…だからあの孤独な光を嗤わなかった。
あの頃の俺にはわからなかった、だから俺にとってコイツはだたの変な奴だった。
(それが今では似ていると思うなんてな)

「あの子達には少しでも色々な物を見て経験して感じて欲しいと俺は願う。世界を広い視野で
見れるように」
俺にはできなかった事をせめてこの新しくなりつつある世界で。
「お前、先生に向いてたんだなぁ」
シカマルに感慨深げにしみじみと言われて驚く。
「…そうか?」
「ああ。ちょっと羨ましいよ」
「……そうか」
再びたいして下がっていないサングラスのブリッジを押し上げる。
そんなもの…なんだろう。
俺がシカマルに対していつの間にか抱いていた劣等感などお互いに大なり小なり持っている
もので。
それでもコイツは同期で仲間で…友人なのだ。
「他に何か気づいた事はあるか?」
「いや、今のところは。よく考えてある、いいカリキュラムだ」
「ま、あっちこっち色々協力してもたったからな」
あーめんどくせぇといつもの台詞が出たのを眺めつつ想う。
最初は不安になったこの変わらないスタンスが、今ではいっそコイツらしくて安堵する。
「また続きを頼む。他に何か気付いた事があったらいつでも教えてくれ」
「了解した」
「俺たちの老後の為にも、彼らには頑張ってもらわないといけないからな」
「違いない」
まっすぐな光にはなれないけれど。
光にはなれない痛みを知る俺達なりに出来ることをやればいい。
言葉にしない代わりに互いの肩を叩いて俺たちはそれぞれの日常へと戻った。