流水腐らず
りゅうすいくさらず
「力ってのはさ、俺みたいな非力なのから考えるとすげー途方もないっつーか、途轍もないモノっ
て感じなんだよな」
「何だ、いきなり」
横に佇む同僚がポツリと呟いた言葉にやや眉をしかめる。
「ナルトみたいな大きくて強烈な力じゃなくてもさ、ガイ先生やキバやリーとか見てるとたまにそう
思うんだよ」
「……」
「その中でもカカシ先生とかアンタとかさ、力もあって思考力もあるってのはスゲーよ。まあその分
貧乏くじも引きやすいけど」
「お前は持ち上げたいのか落としたいのかどっちだ」
「いや、そーゆー話じゃなくてよ。いやそーゆー話なのかな…」
これだから頭のいい奴の言う事ははよくわからないとこっそり隣を見やると相変わらずやる気の
ないボンヤリとした表情で里を眺めている。小高いこの場所からは里の町並を見る事が出来る。
復興もかなり進み今では普通の生活が戻り始めている。
「お前の持つ力だって『力』だ」
最近ちらほらと評判の上がっているコイツに自覚がどのあたりまであるのか謎だが素直な感想を
言ってやる。
「俺のは一族の力だしよ」
いやそっちじゃないだろうと返ってきた答えに拍子抜けする。やはり自覚はないのか。
「わかりやすい力を求めるのってさ。簡単だって言うけど実は全然簡単じゃなくて、持てない者に
とっては求めたって全然手に入らないモンなんだよな。
たとえばもっとチャクラが欲しいと思っても、自分の中にそれを収める容量がなけりゃ求めたって
無駄だし手に入れても使いこなせねぇ。だからソレが出来る時点でちょっと違うってかさ…」
コイツにしては何やら珍しい方向の話になってきたのでとりあえず黙って話を聞く。
「つってもその力を求める実力がなかったからって拗ねたり擦れたりすんじゃなくてよ。
まー、じゃあ何ができるかって事になんだけどさ」
そこでいったん言葉を切って空を見上げる横顔は焦りや気負いなどなくて。
「俺からすればお前のもつ力だって持てない奴にとっては羨んでも持てないものだと思うが」
思わず口を挟んでいた。
チャクラの量や戦闘的な力は他人からも結果が判別し易く評価されるのも理解されるのも早い。
そういうわかりやすい力に流されない方がきっと難しい。その力を妬まないのはもっと。
そこに行きつくまでにあった苦悩は微塵も見せないが、一見やる気ゼロのコイツがどう考えて克
服したのかは多少興味が湧くところではある。
「ん?」
しかしぽかんとこちらを見た奴の顔につい溜息が出た。
「お前の考える力だ」
「あ?そんな大層なモンじゃねーぜ、俺なんて」
ナイナイって手を振るコイツの頭を思いっきりはたきたくなってきた。
つい先程より更に深い溜息をついて。
「お前意外と馬鹿なんだな」
「お?おお…」
怪訝そうな顔で何故か肯定するのを諦めの気持ちで見る。
いやそれでこそお前なのかもな。
そんな俺をどこ吹く風で日頃さほど自分の事を話さない同僚が再び口を開く。
「ま、正直言やあ俺だってもっとチャクラあれば、とか今だに考えたりする事はあるけどよ。どのみ
ちそういうのって焦ったところで一石二鳥的には身につかねーからさ。代わりに今俺にできる雑用
とかこなすだけなんだよ」
親の七光り的なトコもあるしなって苦く笑う。まあその辺りはお互い様だ。
「俺も日向の名前に泥を塗らないようにとは常に意識している」
「その辺りネジは偉いよな」
ふと苦笑いから真顔になってしみじみと言われても困る。
「お前は違うのか」
「うちはどっちかってーと向こうが勝手に誤解するって感じ。逆に自分の家の血統とか一族の権威
とかはあまり意識した事はないな」
「そうか」
あそこの家柄だからとか周囲の勝手な評価がついてまわるのはどこの名家も同じなのかもしれない
が、そのあり方についてはやはりそれぞれ違うのだろう。だがこいつだって一応奈良家当主の息子
だろうに。
「うちは血継限界じゃねーし、親父があんなだからよ」
まーその辺りは俺らが何言っても無駄だしなと肩をすくめて曖昧に笑う。
「強さとか力って概念は人によって違うけどさ。漠然とそういうのに憧れる奴より自分の力をしっかりと
理解してる奴の方がより具体的にそういう理念とか持ってる気がする。
人の何を見てそう思うか、自分はどう強くなりたいのかとかな。んであんたはさ、なんかそういうのしっ
かり持ってそうだから」
「ふん、俺からすればその言葉そっくりそのまま返したいがな」
「ぅえ?」
俺が?と本気で肩を引いて驚く姿は中忍ベストさえ着ていなければ昔と変わらない。
「まあ人間そんなものだ」
「…そうか」
お互い顔を見合わせて笑う。隣の芝生じゃないがそんなものなのかも知れない。
「まーこれからもよろしく頼んますよ日向上忍」
「お前は早く上忍になれ」
「それこそめんどくせぇ」
こともなげに言い放つ奴に変わらなさすぎるのも問題だと頭を抱えたくなる。
「そこは面倒くさがるな」
「ハハハ、すまなかったな。変な話に付き合せちまって」
「誤魔化すな」
ジロリと睨むと物凄く面倒そうな顔をされた。コイツ間違いなく聞き流す気だな。
「まあいいじゃねーか、里の英雄様だってまだ下忍なんだぜ」
「そんなトコまで付き合わなくていい!」
どうして俺の同期には一筋縄ではいかない問題児が多いのだろうか。
じゃあまたなとこういう時だけ妙に素早く逃げ去る奴を見送りつつ本日何度目かの溜息をついた。