余波 

なごり


「…だからそうじゃなくて」
「何故こうならない!」
「 あー」
バリバリと頭をかくほうき頭をぼんやりと眺めやる。
シズネさんがこっちに向かってゴメンネのポーズをとってくれているので
もうちょっと待てって事なんだろうけど。
火影室に呼び出されて来てみれば当の綱手様とシカマルが手元の資料をみながら
何やら話し込んでいた。
「一体何事なんですか?」
「シカクさんに以前奈良一族秘伝の調合の本を借りたらしいんですけどね」
そそそとシズネさんに寄って小声で話しかけるとヒソヒソと返答があった。
「その時わからないところがあってそれをメモしたんだけど、聞きそびれてて。
そこにちょうどシカマルが報告に来たから一族の秘伝書だしわかるんじゃないかって、
聞いてみたんだけど」
もうさっぱりついていけなくてと疲れたように遠い目をする。
綱手様は医療忍術に関しては譲らないですからね〜と諦め顔だ。

「アレ一応一族秘伝なんで通常の医療忍術とは系統が少し違うんすよ」
「ああ、もっとわかり易くお言いよ。私は頭が悪いんだよ」
「そんな訳ないっしょ、馬鹿な事言わないで下さい綱手様ともあろう方が」
「 うっ、…」
ピシャリと即答したシカマルに思わず返答に詰まる綱手様。
トントンとある場所を指して何やら囁いた。
「そうか、あれか!」
嬉しそうな綱手様に対してシカマルは苦笑気味だ。
「一応秘伝なんっすから、頼みますよ」
「わかってる、わかってる」
ニヤニヤと嬉しそうな師匠に不安げだ。
「後は貴方の方が経験則あるんですからおわかりでしょう?」
「…でた、フェミニスト」
思わず口から呟いたつもりが聞こえたようで返事があった。
「あん?普通にわかるだろ。器がちげーって」
サラリと言われて逆に恥ずかしかったのか綱手様は心なしか頬が赤い。
「いいからこっちのトコも説明しな!」
やや強い口調に眉をひそめながらも(この辺の鈍さは昔とかわってない)、
シカマルはいつものセリフを吐いて再び綱手様に向き直る。
「めんどくせー」

…というかなんだか長引きそうな気がする。
「あの、私出直しましょうか?」
ハッとした綱手様がバツが悪そうにこちらを向いた。
「いやいい。つい夢中になってしまっていたなすまない。シカマルも、もういいぞ。
悪かったな引きとめて」
「いいえ、では失礼します。じゃあな、サクラ」
「あ、うん。お疲れ様」
退出する後姿を見てたら綱手様が溜息をついた。
「あいつ、あのぶ厚い薬学の本を丸暗記してるそうだ」
「…確かあれ結構な厚みでしたよね?」
シズネさんがこれくらいって手で示したのはほぼ手の平くらいはある。
「そして当然それに付随する薬品の類とかも覚えてるんだろうな、末恐ろしいガキだ」
手元にメモしてある紙をじっと見つめながら呟く。
「…アスマが居なかったらアレは埋まったままの人材だったかも知れないと思うと
ゾっとするよ」
アスマ先生。
何度か会ったことのある、大柄な優しい目をした人を思い出す。
「お前達の代はいい師弟の組み合わせだな。三代目はどこまで考えられておられたか」
ゆるく視線を外へ向ける、その横顔は少し儚げだ。
「自来也が逝って落ち込んでるナルトにな」
ス、と一瞬目が伏せられた。
「アイツは言ったそうだ、自分は『アスマの子の先生になるんだ』と」
ふふふ、と小さく笑う。
「死して尚、アスマはアイツの師匠なんだな。羨ましいよ」
「綱手様!」
まるで死を望むような言葉につい、口調が強くなった。
「私は死んでまでご指導して欲しくありません。だから綱手様は生きて、
もっと色々と教えていただかなければ困ります!嫌です師匠!」
「サクラ…」
「そうですよ、綱手様。私だってまだまだ綱手様に教わりたい事は沢山あるんですから!」
シズネさんもトントンをギュっと抱きしめて言う。
腕の中のトントンも頷いている。
「そうか…そうだな」
寂しげな横顔は近しい者の死を体感した者のそれなのだろうか。
立ち上がり、私に背を向ける綱手様の背中は逝ってしまった人達を思っているのか
寂しくいつもより細く見えた。
「…せめてお前は私より先に逝ってくれるな」
小さく、とても小さく祈りのように呟かれた言葉はきっとひとり言で、多分シズネさんには
聞こえていない。だから私はそっと胸にしまっておく事にした。
いつかもっと自分が力をつけて大丈夫ですって言えるまでは、せめて。
「綱手様?」
不審そうなシズネさんの声に綱手様が振り返る。

「ああしまった!どうせならシカマルにも書類手伝わせれば良かった!」
「綱手様…」
「まさか、私が呼ばれた理由って…」
先程の表情は微塵も残さず、にんまりとこちらを向いて綺麗に笑う。
何だろう、キレイなのにすんごい怖いんですけど。
「師匠の尻拭いも弟子の仕事だろ」
「……」
「……」
綱手様の弟子になってから何だか肌が荒れる事態が増えた気がするのは
きっと気のせいじゃないに違いない。
反則な美容法をしてる師匠に頼らずここは素直にイノに教えを乞おうと決意して
書類の山に向かった。
「夜食は綱手様もちでお願いします」