艱難汝を玉にす 

かんなんなんじをたまにす


「はー、シャバの空気はうめぇなあ」
アカデミーを出て気が抜けた途端、ついポロリと口から出たセリフ。
「ちょっとシカマル。なに物騒な事言ってんの」
「あ、カカシ先生」
ぼんやり空を見上げようとして後方から聞こえてきた声に振り向く。
「お久しぶりです」
「何、どしたの?」
おどけつつ心配そうに聞いてくるカカシ先生に、連日の過酷な頭脳労働という名の雑務で鈍った
この頭でもこの人結局お人好しの傾向あるよなぁって思う。
「まあ、ちょっと半端ない拘束のされ方した任務だったんでつい」
「え、それは楽しそうな状況じゃない」
前言撤回。わくわくした目で乗ってくんな、面倒だなこの大人。
「おー、奈良お疲れ」
向こうから若干フラフラしながら歩いて来たイズモ先輩が力なく手を挙げる。
「あー、お疲れっす。大丈夫っすか…なんか目が虚ろっす」
「…ははは、仕方ないよな」
「…デスヨネ」
「お前ら一体どんな任務受けてるの…」
うわーと俺等を見て引き気味のカカシ先生と異様にテンションの低い俺とイズモさんが目を合わ
せて溜息。いい加減さばききれなくなるまで書類仕事を溜め込む火影様の体質をどうにかして
欲しい。つか他人を巻き込むな。
「とりあえず置いてきたコテツ先輩は既に死んだ魚のような目をしてました」
「大丈夫なのソレ」
「火影命令なんでどうにも…」
つい遠くを見つめるコテツ先輩にきっと罪はない。
「カカシ先生は任務じゃないんですか」
「俺は報告書提出するだけだから」
ひらひらと軽く手を振っている姿を恨めしそうにコテツ先輩が見ている。
「そういえば奈良ってはたけ上忍のこと『カカシ先生』って呼ぶのな」
ふとこちらに顔を向けられて気づく。
「そういやそうっすね。あ、そうかマズイのか」
「まずくはないだろうけどはたけ上忍が先生ってのも意外っつかな…。まあいいや、俺はとりあ
えず逝ってくるよ」
「明日、骨は拾いに来ますので」
おーうと力なく再び手をあげて去ってゆくコテツ先輩を見守るしかない。
「楽しそうだね」
「ぜんっぜん違いますよ」
ニヤニヤ笑うカカシ先生に即答する。
でもうまくやってるみたいじゃないのと言われればそうかなとは思う。
「先輩には恵まれてる方でしょうね」
色んな人はいますけど、とまでは口には出さず心の中にしまう。
「あー、そういやホントにシカマルは俺のこと先生って呼ぶよね」
こっちの心情を読んだかのようにカカシ先生が口調を変えた。
「…そうっすね。まあナルトやサクラがずっと言ってるからじゃないっすか」
それこそ下忍の頃からずっとそばで聞き続けてきたし、今でも二人してそうやって呼んでいる
から耳に馴染んでいるというか。
でも確かに自分の担当上忍でもないのに俺もずっと先生って呼んでるよな。合同任務とかも
あったけど、直接コレといって何かを教えてもらった事もなかったハズなのに。
「あー、ナルホド」
俺の言葉に納得したようなしてないようなカカシ先生。
「それに…なんかカカシ先生はカカシ先生なんすよ」
「何ソレ」
「うまくいえないんすけど…」
マスクと前髪で見えない顔半分、真面目さを不真面目さで覆い隠してその心さえ見透かせない
この人。
実力的にもこの人がビンゴブックにのるような忍びだって知っているし尊敬もしている。
それこそ同期の担当上忍になんてならなければこうして普通に話だって出来たかどうかわから
ないくらいには凄い人な筈だ。
それなのに俺の中のくくりではやっぱり『先生』なんだよな、不思議な事に。
「先生か…正直なところ最初は生徒を受け持つなんてありえないと思ってたよ」
「あー、それアスマも言ってましたね」
「そういやそうだな。俺達はそういった事とは無縁だと思っていたし、向かないだろうなって思っ
てるトコあったしね。ま、正直面倒だとも思ってた」
「そうでしょうね」
今思えばアカデミーを出たばかりの下忍なんて心構えも実力も本当に子どものようなものだ。
俺だってその任務につけといわれたら間違いなくめんどくせぇって思う。だからといってやりた
くない任務かといえば、それはまたちょっと違うけれど。
「不思議なものだな、今では先生なんて呼ばれて当たり前に受け入れてる」
「また担当上忍の話があったら受けますか?」
「まー、任務は断れないデショ」
パチンと俺に綺麗にウィンクされて困る。
でもこの人はもう…やらないような気がする。里としてもこれだけの実力者ずっと育成任務で
拘束するのも勿体無いだろうし。
それに。
おくびにも出さないけど本当はずっとサスケのこと、気にしているんだろうし。
今では同期の奴らが担当上忍になって下忍の面倒をみている奴もでてきた。
それもまた、当たり前だけど不思議な事だ。
「そーいや俺も、四代目のことは先生って呼んでたな」
懐かしさだけじゃない顔をしたカカシ先生の横顔を黙ってみつめる。
「ま、だからシカマルも先生のままでいいさ」
ポンポンとまるでナルトにでもするように頭を軽く叩かれる。
「じゃあ俺もそろそろ行くよ」
俺の師はアスマだけだけど。尊敬する人、先生って思える人はこれから何人増えたっていい。
この世界で信頼できる人が居るって事がどれだけありがたいんだろう。
「ありがとうございます」
「え?何が?」
ちょっとびっくりした顔のカカシ先生より自分の口から出た言葉に自分でびっくりした。
「え?あー…、あの。先生でいてくれてありがとうございますっつーか…」
「えええええ?」
更に驚くカカシ先生を目の端に入れながら別の思考が勝手に動く。
「…多分、言える事は言っときたいなって思っちまったみたいです」
「…ああそう」
何故かガクリと項垂れたカカシ先生をぼんやり見守る。
「ホントにね、だから生徒とか苦手なんだよ」
ガバリと復活したカカシ先生がさっきより強引に今度はわしわしと俺の頭をいじる。だから
そういうのはナルトにしてくれよ。つか、この人もしかして照れてるのか?
「でもね、それは大切な事だよ。俺なんか色々伝えられなかった事が沢山あるし、そもそも
伝えるべき事に気づけなかったりしたからね」
だからそれを思い知らされた辛い経験もきっと、お前の糧になるよ。そう言ったカカシ先生
の顔を俺はその後暫く忘れる事ができなかった。
「ま、頑張れよ若人」
「はい」
いつか何か一つでいい、この人を超える事ができるだろうか。
すっかりいつもの飄々とした風体を取り戻して去ってゆく姿をぼんやりと見つめながら俺は
それを静かに願った。