生は奇なり死は帰なり 

せいはきなりしはきなり


開け放っていた窓からさわり、と心地よい風が吹いたような気がして読んでいた本から目を上げた。
静かな夜だ。
ひと息つくかと凝り固まった肩を回して窓辺に寄る。
猫一匹分くらの隙間、開いていた窓を大きく開け放って雲ひとつない星空を見上げる。
(なんだかな)
懐かしい香りがしたような気がして、溜息をつく。
らしくない。
(感傷に浸るとか、笑える)
思い出せば未だ心の奥底に何かが深く沈み込められている癖に強がって笑う。
夢中で読んでいた筈の本も、すっかり続きを読む気が失せてしまった。
ギシ。
そっと窓枠に足をかけて屋根へと上がる。
明日は晴れるのだろう、相変らず星空は輝いていて自分をあざ笑うかのようだ。
立ったまま、ぼんやりと空を眺めていた。
どれくらい経ったのか再び、優しい風とともにあの紫煙が漂ってきたような気がしてハッと我に返る。
一瞬、足を踏み外しかけたのは秘密だ。
ぎこちなく辺りを見渡して、当たり前のように誰も居ない事に肩を落としたのは見られていない事に
安心したのか、
それとも。
本当に静かな夜だ。
溜息をついて、腹をくくる。
部屋に戻り玄関から靴を持ってくるとそのまま家を出た。


「何の用だよ」
こんな時間にこんなところに来る奴なんてきっといない。
だからちょっと子供っぽい拗ねて、ふてくされたような声が出たが気にせずに放っておく。
威嚇するように腕を組み仁王立ちで前に立って睨みつけるが当たり前に返事はない。
当然だ、相手は無機質なコンクリートの物体なのだから。
彫られた文字はまだ新しい。
わざとらしく溜息なんぞついて持ってきた煙草に火をつける。
軽く吸って、吐き出す。
相変らずちっとも美味いと思えない。下手すればむせるだけだ。
「…ほら、土産」
そのままそっと、墓の上に置く。
今度こそ気のせいではない、懐かしい香りがして何となくこそばゆくなって笑う。
何をやってるんだかな。
本に集中してしまっていたから時間はよくわからないけれど、もう夜中だろう。
ここに来るまでの通りの静けさを思う。
つか、時間を確認する余裕すらなかったとはな。
悔しくなって少しの間、目を閉じる。
ささやかな虫の音だけが耳に響きようやく現実に帰ってきた気分になる。
降り出した雨に火を消され泥と煙りと悔しさにまみれたあの日から。
そのままだらしなくしゃがみこんで、ガシガシと頭をかく。
だらりとしたまま暫く静かに立ち昇る煙と墓標に目を向けた後、コンと軽く墓石を叩いた。
「また今度、ゆっくり来るよ」
そのままそっと表面を撫でるように触れて立ち上がる。
まったく、らしくない日だ。
苦笑したものの、心の澱のようなものが軽くなった気がしてのんびりと家へと帰路に着く。

「あ、シカマル!良かった〜」
「ああ?チョウジか!どうしたんだこんな時間に」
声と共に小走りでやって来たチョウジは任務帰りのようで、常の私服ではなかった。
「今まで任務か?」
「うん、思ったより遅くなっちゃったからどうしようかと思ってたんだ」
ふ〜っと汗を拭き、俺の前に立つチョウジは非常に機嫌がよく見えた。
「シカマル、誕生日おめでとう!」
「!」
驚いてチョウジを見ると嬉しそうに笑われた。
「やっぱり今年も忘れてたんだ?」
「あー…まあそうかも。今何時だ?」
今更取り繕っても仕方ないのはチョウジの笑顔でわかっている。
「報告が終わったくらいで日付が変わってたけど、どうかな。でもそれから半刻も経ってないと思うよ」
「そうか」
(…そうか。)
気付いて、心の奥がふわりと温かくなる。
「どうしたの、シカマル。何かいいことあった?」
「いんや、別に」
「そう?じゃあ今日、いつもの時間にね」
わかっているのかいないのか、あまり深くつっこまない親友に心の中で感謝する。
「今年もやんのかよ」
「まあ恒例行事みたいなものだからね。いのを怒らせちゃっても平気なら来なくてもいいけど」
「…ヘイヘイ、行かせていただきますよ」
めんどくせぇと定番の溜息。
「シカマルの事だから約束のこと忘れてなきゃいいけどって、気になってたんだ。だからここで会えて
良かった」
おめでとうも言えたしとニコニコ笑うチョウジは普段と変わらない。けれど少し汚れた忍装束が不思議
と誇らし気でチョウジの成長を物語っているようだった。
不安そうにしていたあの頃とは違う。
「ありがとな、チョウジ」
疲れてるところ悪かったなと言うとそんなことないよと穏やかに返される。
「今年も一番じゃなかったみたいだけど、仕方ないかな。じゃシカマル、とりあえず後でね」
「おう、またな」
しゃべりながら無意識に歩いている間に、分かれ道に立っていた。
軽く手をあげて見送ろうとして。
(ん?一番じゃなかったって何がだ?)
怪訝そうな俺の顔に気付いたのか、チョウジがやたら爽やかな顔で言う。
「明日は、まずみんなで先生のお墓参り行きたかったのにな。ズルイよ、シカマル」
ま、しょうがないからいのには僕から言っといてあげる!と類に見ない軽やさで去っていくチョウジを
多分物凄く間抜け顔で見送っている。
「……」
どうせ聞かれても、何も答えられない。呼ばれた気がしただけ、だなんて。
いや、チョウジなら黙って聞いてくれるだろうけれど。
「大体、祝われる側の俺が何で呼びつけられてんだよ…」
まったくもって、アイツはどうしようもない大人だ。
泣きたいのか笑いたいのかさっぱり分からない衝動に考える事を放棄して。
見上げた星空だけが、静かに瞬いていた。



※奈良誕2012参加作品