袖振り合うも多生の縁
そでふりあうもたしょうのえん
たまには健康的な食生活を。
そう言って親切な知人からこの店を教えられた先輩達は一度も足を運ぶことなく、その情報だけで
俺にこの店を勧めた。
最初こそ隠れ家的な雰囲気に気後れしたが、よく見れば普通の民家を改装した造りでそこまで気負
う程ではなかったようだ。まあそれも一度入ってみればこそなのかも知れない。
それ以降、この店には時折足を運んでいる。
とはいっても下忍時代より給料もらっているとはいえ、かけだし中忍が入り浸れる程金も時間もあり
はしないので本当に思い出した時にふと寄る程度だ。
最初に来た時は運悪く満席で一人で来た気後れもありさっさと退散しようとしたことろ、たまたま居合
わせた店の常連らしいゲンマさんに声をかけられうやむやに相席となって話をして以来、店で出会う
となんとなく一緒に座ってこうやって飯を喰っている。
今日のように。
いまのところ、この店で会うゲンマさんはいつも一人で来ているようなのでまあいっかと気楽に構え
ている。
俺も不定期な仕事のせいでわざわざ誰かと時間を合わせて来るのが面倒でいつも一人だ。同期の
奴等も何かと忙しいようだし。
しかし向かい合って座っているとはいえ、ゲンマさんとはそう特に親しいわけでもないからこれと
いって盛り上がる会話はない。勿論、時々雑談なんかはするけれど。
けれど元々騒がしい店内でもないし、ポツポツ話すこの静かな空間が俺には意外と居心地よく感じ
ている。
「お前、誕生日だったんだってな」
ふと、箸を止めたゲンマさんに聞かれて首をかしげる。
「…あ、先月そうでしたね。つかよく知ってましたね」
びっくりしていたら何で自分の誕生日を一瞬考えるんだよとつっこまれた。
「よし、これをやろう」
「いや、かぼちゃの煮物はいらないっす」
小鉢に手をやったゲンマさんを制すると予想以上の残念な顔をされた。
アンタどんだけかぼちゃ好きなんですかと言ってやりたい。年上だから言わないけど。
「…好物なら自分で食べてくださいよ」
「あ、そういやお前鯖の味噌煮が好きなんだっけ?」
「おかわりできる程じゃありません」
「かわいくないなー」
すかさず答えれば不本意そうな返事。だから何で無理やり食べさせられる方向なんだよ。先輩つか
上司だから言わないけど。
あ、眉寄ったと眉間を指差されてため息が出そうになる。
人を指さすなと小さい頃教わんなかったんすか。以下略だから言わないけど。
「実はこれなんだけどよー」
さっき差し出されかけた小鉢を行儀悪く箸で差しながらゲンマさんが人の悪そうな顔で笑う。
「実はかぼちゃに非ず。まだメニューに載ってない試作品なんだぜ。感想聞かせてくれってもらった
んだよ、ホレあーん」
「誕生日祝いに何の拷問っすか」
眉間に皺どころか頭が痛くなってきた。しかし間違いなく面白がっているだろうゲンマさんは気にせ
ず目の前でホレホレと更に行儀悪く魚の白身を揺らす。鼻先を掠められていい匂いだなとうっかり
思ってしまったぜ、畜生。
「食ってみないの?」
不思議そうに聞かれたんだけど、この人まさかの天然ってヤツなんだろうか。今迄の言動からする
と違う気もするが、もしそうなるとこれは食べるまで箸を下げないパターンだよな。
自慢げに箸先で促す間に煮汁が机に落ちかけているのを発見して諦めて口を開く。
「あんたは子供ですか」
口に入れる前に文句の一つくらい言ってもいいだろうと言い捨てたところでひょいとタイミングよく
欠片を放り込まれる。
そして。
「シカマルは押しに弱い、と」
くくくと笑われ、目前に物凄く底意地悪そうなスマイル。…やっぱりな!
確信犯の笑みに負けてつい机に撃沈した俺の上から機嫌よさそうな声がする。
「いやあこのネタでしばらく遊べそう」
「最悪だ…」
「あんた達、仲いいんだねぇ」
ふいに声がしてガバリと起き上がる。
「おばちゃん、いつから居たんだよ」
微妙に笑いが引きつっているゲンマさんの声に俺はギギギと無理やり首を通路の方へ向けると店
のおばちゃんが呆れたように立っていた。
「で、味はどうだったかい?」
うわ、華麗にスルーされる特別上忍。
「今流行りの塩麹ってヤツを使ってみたんだけど、やっぱり定番の味の方が落ち着くかねぇ…」
「あー、美味かったよ。コレはコレでアリなんじゃないか?」
「そうっすね、選択肢的には有りだと思います」
「そうかい?まあもうちょっと改良してから考えるかねぇ。あんたらありがとね」
そして去り際に、いやー「あーん」とかホント仲いいんだねぇ。おばちゃんびっくりだわーとか呟かれ
て気が遠くなった。
「ほぼ最初から居たんじゃねーか…」
「…あんた本当に特別上忍ですか、一般人の気配くらい気づいて下さいよ」
いや、俺も気づかなかったけどよ。
「俺暫くこの店来れねー」
「そりゃこっちのセリフです。誰のせいですか、誰の!」
はーってため息をついてこっちの非難を聞かない振りをするこの大人気のなさをどうしてくれよう。
「…とりあえず出るか」
「…ハイ」
飯食ってしょぼくれるって今日は厄日か。
「まー、アレだアレ。今度鍋でも食べにいこうぜ」
「……は?」
「この前さ、いい昆布出汁の店教えてもらったんだけどよ。俺の知り合いはやれ食い放題の方がいい
とかすき焼きがいいとか言うのばっかでなかなか行けなくってよー」
「はあ」
「お前なら出汁の味とかわかりそうだからちょうどいっかなって思ってたんだよ。まー、今日のお詫び
に奢るから付き合えよ」
立ち直り早いな、この人。
「別にいいっすけど」
でも俺の任務最近不定期なんだよなーとぼんやり火影室がある方へ視線をやる。
それを察したのかゲンマさんが苦笑している。
「新米中忍君は相変わらず大変そうだな」
ぼちぼちですよとため息をつく。
「ま、俺に長期任務が出ない事を祈っといて」
ポンポンと俺の肩を叩いて奥のおばちゃんに「ごちそうさーん」って声をかけて勘定を置いていく。
「んじゃまたな」
後はいつものように千本を揺らして去ってゆく。
「相変わらずつかめない人だな…」
カカシ先生とどっちが読めないだろうとか余計な事を考えつつ見送っていると。
「ほんとに仲いいねぇ」
「いえ、誤解です」
いつの間にか代金を回収に来たおばちゃんに思わず即答して逃げるように店を立ち去った。
間違いない、今日は厄日だ。