人間到る処青山あり 

じんかんいたるところせいざんあり


 一応の収束をみせた海岸線の崖上に立ち、波際を見下ろす。
 戦争とはいえ、無残な光景が広がっている。
 救援部隊によって、怪我人は運ばれつつあるが、未だ全員を収容できていない。
 最初にこの場所に来たときと見える風景まで変わってしまった。
 少し、複雑な心境になって眺め続ける。
「ダルイ隊長」
 聞き慣れない、しかし聞き覚えのある声に振り向くと増援部隊としてやってきた、自分より
若そうな男が立っていた。お互い、くたびれた格好をしているなと思わず苦笑する。
 確か、第4部隊の副隊長で猪鹿蝶の息子。
 あの時巨大な像を見て、状況だけで外道魔像とその使い道を認めた男。
 振り向いて、やや不思議に思う。
 印象とすればコイツ、だるそうなヤツだなといった感じだ。あまり人の事は言えないが。
 先程、うちはマダラらしき人物に『敵にしておくには惜しい男』と言わしめた奴にはとても
見えない。
「お前、よく認められたな」
 思わず口からついて出た。
 確かに、最初に本部から情報としては聞いていたから多少の予測はついてもあの瞬間にそこ
まで判断できるのはやはり難しい。
 ましてあんな圧倒的な力を見せ付けられた後だ、認めたくないって気持ちが先にきてしまい
つい認識が遅れたのも事実だ。
 あんな、本当にバケモノじみた物を突きつけられて冷静でいられるとか、無理だろ。
 やはり先程の戦いでは戦争経験者とそうでない者の心構えの差が如実に現れた気がする。
 もちろん全てがそうだと言う訳ではないが。
 そんな想いもあって深い意味もなく出た言葉だったが、言葉が足りなかったかなと補足し
ようと口を開きかけて。
「あー、外道魔像っすか?」
 雰囲気通り、あまり緊迫感のない口調で返事が返ってきた。
「ああ」
「まあ、わざわざあんな撹乱みたいな方法で九尾のチャクラを奪いにくるならそうだろうなっ
て思っただけっすよ。結局気付くの遅すぎて警告する前に奪われちゃ、そんな意味ないっす
けどね」
 いやいやいや。
 確かに後からゆっくり考えれば相手の目的など予測がついたかも知れないが、一度本部に
情報を戻しそれから対策を練るのとその場で敵の目的を理解するのとでは、大きく違う。
 特にこんな戦場が拡大し、部隊も分散した状態では本部も混乱しやすい。
 しかもコイツは、更にそれを敵に問いかけて相手の反応も見れた。
 確かに敵の賞賛も頷ける。
「ソコはもう今更言っても仕方ない。俺も目の前で奪われたクチだしな。現状がわかっただけ
でも良しとするしかないだろ」
「……」
「こういっちゃ何だが、木の葉は比較的平和だろ。そんなに実戦積んでなさそうなお前がそこ
まで冷静でいられるのがちょっと気になっただけだ」
 相手が自分より若そうなのでつい正直に言ってみる。疲れているせいもあるし、こいつのや
る気ない雰囲気がついそんな事をいわせるのかもしれない。
 元師匠であった相手と戦うって時に見せた動揺からして、実はビンゴブックに載るような凄
い奴でしたって訳でもなさそうだったし、ある程度任務をこなしていればいずれ里外に名前も
知れ渡る。が、コイツの場合は特に聞いたこともない。今回の人事で初めて知ったくらいだ。
「あー、まあ本格的な実戦経験ってな話になるとそんなにないっすね。でも別に、言われる程
冷静って訳じゃねぇっすよ」
 かなり失礼な問いにも肩を竦めただけで、さして気にした風もなく答える。
 そういえば角都とかいう奴もコイツの名前を覚えていたな。
「えーと、確か奈良…」
「奈良シカマルっす」
 本部や会議で何度か顔を合わせているが、どうにも印象が薄くて覚えてなかった。
「とりあえず本部からも連絡あるでしょうが、一旦体勢を立て直すのに後でダルイ隊長から
それぞれの部隊に伝令お願いします。こっちは応援部隊なんで主軸の第一部隊から直接
命令してもらった方がいいと思うんで」
「わかった。…奴等はどうでるかな」
「まずは一旦引んじゃないっすかね。さっきの、アレに九尾のチャクラを仕込みたいでしょ
うしね」
 嫌そうな顔をして言う姿に内心苦笑する。
「ただ…」
「そうだな」
 言葉を濁した相手に頷く。
「どんな策で来ると思う」
「流石にソコまでは。色々と計画的っぽい行動が多いっすから、タイミングはわかりませんが
何か仕掛けて来ると考えるべきっすね。人員はある程度さかないとマズイでしょう」
「そうだな、休ませてやりたいところだがな」
「仕方ないすね。その辺の詳しい分担はまた第二部隊の黄ツチさんとも相談した方がいいで
しょう。救護隊の受け入れもありますし」
 話の飲み込みが早い。自分がこういう性格なので余計な説明が要らない奴と話すのは楽だ。
「ああ」
「そうそう、ダルイさんは警戒は他に任せて休んで下さい」
「あ?」
 予想外の言葉に思わず耳を疑う。
「あんま長期戦に持ち込みたくはないですが、まだ先の予測が立ちませんから。隊長格が倒
れでもしたらシャレにならないっす。今日のところは休んで下さい」
「そんなにヤワじゃねーよ」
 いくら他里の忍びだからって年下にそんな心配されるのもどうよって思っていたら即返答
があった。
「俺等増援部隊と違って第一部隊はずっと戦闘続きっすからね。それにぶっちゃけアンタが
戦えるかどうかで全然戦略的に変わってきますから」
「…お前結構いい性格してんな」
「二つの性質変化使えるなんて貴重な戦力っすからね」
 シレっと言われるといっそ面白い。
 さすが木の葉の軍師の息子なだけある。
「そうだそ、ダルイ」
 いつの間にか黄ツチさんが背後に立っていた。
「ここはコイツの言うとおりだ。今日で終りな訳じゃない、今は体を休めろ。どうせ隊長な
んざ見張りに立たなくったって雑用多いんだしな」
「すみません」
 はっはっはと豪快に笑われて仕方ないかと気負ってた肩を落とす。
「一度戦いが始まれば俺達隊長格はどんなに辛くとも立ち経ち続けなけばならんからな。
上が動揺すれば下に影響が出る。ましてやこんなデカイ戦争なんざ経験したことのない奴
が大半だ。何が起こるかわからん、しっかりな」
 そのまま立ち去ろうとする黄ツチさんを奈良が呼び止める。
「すんません黄ツチ隊長、救護班の受け入れと見張りの分担どうしますか?」
「おう、そうだったな。さっき本部から連絡も来たハズだ。一旦戻ろう」
「わかりました」
 流石に経験があるだけあって、黄ツチさんは落ち着いたものだ。
 あちこちで突貫工事で作られつつある施設や休憩所を不思議な気分で眺める。
 里など関係なく、それぞれの特性を生かして協力し合って作業を進めている。
 再び海岸線を見やる。
 抉られた岩、屍、怪我人を運ぶ救護班。日頃夕暮れに見える風景には程遠い景色。
「……」
「どうした、ダルイも行くぞ」
「はい」
 全てを目に焼き付けて、今はただ進む。
 やらなければならないことは山積みだ。
「頼りにしてるぜ、若造ども」
 トドメとばかりに黄ツチさんがバシンと俺奈良の背中を叩く。
「だるいっすね…」
「めんどくせぇっす…」
『でもま、頑張りますよ』
 最後が被ってしまい、お互い顔を見合わせて顔をしかめた。
「こりゃ頼もしい!」
 黄ツチさんの笑い声が妙に辺りに響いて余計にいたたまれなくなる。
 隣の奈良の深い溜息が夕闇に消えていった。