船は帆でもつ帆は船でもつ
ふねはほでもつほはふねでもつ
誰が言ってたんだっけな。
「ナルトは太陽みたいだってな」
「ふえ?いきなりなんだってばよ!?」
目をひんむいて驚いているナルトを見て逆にこっちがびっくりする。
「いや、お前のリアクションの方が俺には驚きだよ」
ひと勝負終えて、うちの縁側でぼんやりと麦茶を飲んでいたら口からスルリと出た言葉だっ
た。 誰かの言葉だったけれど、心の中で妙に納得したのを覚えている。
「あー、誰かが言ってたんだけどよ。なんとなくわかるなってゆーか…」
誰よりも前向きで、お天道様の下、歩いてくのが間違いなくよく似合う。
思うことは多々あるが、こっぱずかしい結果になりそうなのでそれは黙っておくことにする。
「お前とかキバってそーゆーイメージだよな」
グラスをまわせばやや小さくなった氷がそれでもカランカランと涼しげな音をさせて気持ち
いい。
「もしかして騒がしいっていってるてば?」
ナルトのちょっと不審そうな声に笑いながらちげーよといってやれば。
「ふーん、俺ってばそーゆーイメージなんだ」
やけに殊勝に頷くナルトに首を傾げる。
「どうしたんだ?」
んー、と言ったきり黙って縁側に足を投げ出してプラプラ揺らす。
「麦茶おかわりいるか?」
「んーにゃ、今はいい」
ナルトはそのまま今度はゴロンと寝転がってしまう。
まあ今日はかーちゃんがいねーから少々行儀悪くしたって大丈夫だけどな。
「俺ってば、どっちかてーと向日葵とかそんなイメージかと思ってた。言われた事あるし」
「あーなるほど」
確かにわからないでもない。夏の日差しに輝く明るい黄色。
「どっちかってーと、そりゃ似合うって感じだな」
「へー。『みたい』と『似合う』って違うってば?」
「まあな。大体、お天道様に向ってボケーって顔上げて待ってるだけなんざお前にゃ似合わ
ねーだろ」
「そっかな?」
珍しく考えているようなナルトの様子をこっそり窺う。今日将棋に誘って正解だったのかも
しれない。最近ちょっと沈みがちな気がするのよねーとサクラもぼやいていたし。
「じゃあシカマルは月みたいだってばよ」
「はぁ?」
相変らず突拍子もない事をいうヤツだ。怪訝な顔をしているであろう俺をおいて、ナルトは
そのまま話し始める。
「そういや前にチョウジと話したことあってさ。その時にもそういえばさっきの、俺が太陽み
たいって話言われたの思い出したんだけど」
体勢は相変らず寝転んだままで記憶を掘り起こしてるのだろう、時折少し考えながらゆっく
りと言う。
「チョウジにとって、シカマルは月みたいだって言ってた。あの時はよくわかんなかったけど、
今ならちょっとわかる気がするってばよ」
「ふうん」
チョウジとコイツが二人でこんな話をするなんて正直意外だ。ん、待てよ。
「おい、月って頼りねぇって意味じゃねーだろうな」
「え、何で?」
きょとんと思いもしなかったって顔で言われたってこっちが聞いてんだよと内心笑う。
「一般的にそーゆーイメージあんだろ、月って」
「そうなんだ…」
いやお前に普通ってのを求めても無駄なのは知ってっけどよ。そんなあからさまにしょぼ
くれられても困るっつーの。一体どんなイメージ持ってんだか。
「なんかさ。昼間めちゃめちゃすっげー考えて考えて、でもぜんっぜん答えが出なくてどう
しよーもなかった時とかに夜になって月を見上げてたら『あ、こんなことだったんだ』って
急に閃いたりするじゃん。だから月ってスゲーなって思って」
「そりゃ月が凄ぇんじゃなくて、時間が経って冷静になれただけだろ」
それを月のせいにするあたりお前らしいけどなと言うとナルトはふるふると首を振る。
「んー、そうじゃないってばよ。太陽ってこう、明るくて元気出る感じだけどそれだけじゃ
なくてなんか厳しい感じしねえ?でも月っていつも静かにそこにあるからさ。俺がご機嫌で
嬉しい時もイラついて怒ってる時も凹んで落ち込んでる時も、ずっと見守ってくれてるって
そんな感じ。だから夜、落ち着かない時は月を見上げるんだ」
少し目を閉じて沈黙した後、今度はニシシと笑う。
「今日だって、俺が休みなの見計って誘ってくれたってばよ?」
「ちげーよ」
あってるけど違う。だから気付かれないようにいつものようにそっけなく返す。
「そっか」
「そうだよ」
まったく、バレてちゃ意味ねっつのにな。
「月はさ。いつも星と一緒だからそれもちょっとシカマルみたいで羨ましかったってばよ」
でたよ。あれだけ仲間に、先輩や後輩に慕われて英雄とまで言われた奴がどうしてここまで
強く孤独を感じるのか。
…まあ今までの生い立ちを考えれば仕方ないのかも知れないが。
「俺としては太陽みたいって言われる方が羨ましいけどな。俺にはまず間違いなく言われない
言葉だし。そもそも俺も友達とか少ない方だからな」
つい肩を竦めると今まで横になってたナルトがコロンとこちらを向いた。
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。それにな」
コイツの事だから知らないのかも、と言葉を添える。
「太陽だって、いつも星と一緒だぜ?明るいから見えてねーだけで」
「え?ホントだってばよ??」
「本当だよ」
うわー、マジで知らなかったとかバシバシ縁側を叩いてテンション高く興奮しているナルト
を眺めつつ、イルカ先生が聞いたら泣くだろうな〜と心の中で溜息をつく。
「そうなんだ」
あまりに嬉しそうに笑うのでまあいっかとほだされてやることにする。太陽と自分をかさね
ていたであろうこの馬鹿な友人に。
だから早く気付けばいいのに。太陽と同じでお前の周りには、沢山の人がいるって事を。
夜にたった一人、どうしようもなく寂しく月を見上げなくても、無駄話に付き合ってくれる
仲間達がちゃんといるって事を。
「ほんっと、お前は馬鹿だよな」
「ムキー、何だよ馬鹿って!」
「言っとくが、カカシ先生とかに自慢げにこの話したって普通に知ってるぜ」
「えええええ!」
「………」
「…サクラちゃんも?」
「あいつが頭いいことは嫌ってくらいお前が知ってるだろーが。とりあえずどうしても誰かに
言いたいのならキバにしとけ」
「わかった、そうする」
はーっと思わず溜息をついてバリバリと頭をかく。すっかり汗をかいてぬるくなった二人分
のグラスをトレイに移す。
「茶、入れなおしてくる」
立ち上がって歩きだした俺の背後にナルトの声が響く。
「でも俺は、月の方が羨ましいってばよ。なんかちょっとカッコイイし」
「そうか?」
「でも、俺もお前が太陽っぽいってのに1票だけどな。それに」
振り向くとナルトも横になったままこちらに顔を向けていた。
「いいじゃねーか、お前の目指すモンとも似てるしよ」
「目指すもの?」
「火影が里を照らす太陽ってそれこそちょっとカッコイイじゃねーか」
再び目をまん丸にさせたナルトに思わず苦笑する。それに満足して再び台所へ歩みだす。
「…ありがとな、シカマル」
肝心な時ばっかり、一人で頑張りすぎるうちの太陽様には困ったもんだ。
小さな声のナルトに何も言わず、俺は肩だけ竦めて答え今度こそ台所に向った。