苗に従って地を弁ず 

なえにしたがってちをべんず


「よ、久しぶり」
軽く手をあげて挨拶される。
「あー、ども」
相変らず不思議な雰囲気の人だなと揺れる千本をぼんやり眺める。
日頃は軽い口調で話しかけてくれたりしているけど、本来は結構真面目な人だと思う。
(俺の勝手な予測だけど)
でもそれをあまり表に出さないところが大人というか掴みどころがないというか。
少しカカシ先生に似ているかも、と思ったのはナイショにした方がいいのかな。
「最近どうよ」
「まあ、ぼちぼちです」
「ハハハ、お前は変わらないな」
その苦笑に少し疲れが滲み出ている気がして珍しいなと思う。
「もー頼むからお前は変わらないでいてくれよな」
「何すかそれ」
いやー、ちょっとなと溜息をつくゲンマさんについ。
「変わらないってのもどうなんすかね」
「ん?どうした?」
以前考えてたことが脳裏に浮かんで、ついポロリと零れ落ちた言葉を拾われて焦る。
「あ、いや別に」
忘れてくださいと適当に言葉を濁していると。
「ああ、別にお前が全然変わってないとは思ってはないぜ」
なんつーかなあ、とボヤクように空を見上げたゲンマさんにつられて俺も空を見上げる。
「変わって欲しいような、変わって欲しくないような?」
「なんで疑問系っすか」
俺が突っこむとまーまーいいじゃねぇかと笑う。
「いやあ、お前等若いのがどんどん仕事片付けてくれりゃ勿論俺らは楽になっていいけど、
だからってエリート然でバリバリ働いてる奈良ってのもなあ…」
あ、想像して寒くなったと腕をさするこの人も大概失礼だな。
…まあそんなの俺じゃないから気持ちはわかるけどよ。
「あー、何つーの?」
ふ、と少し息を吐いて。
「揺るがないありのままの自分ってのを持ってる奴は強いけどよ、それに凝り固まって枠
から出れなくなっちまう事もある。逆に枠から出ないってのも、ソイツの選んだ生き方だし、
必ずしも悪いものではないから俺は否定しないさ。
かといって、強くなりたいが故に変わりたいって気持ちもわかる。だがそれも自分を騙し
強制的に変質しちまう程の必要があるのか。つってもそれも選択肢の内で、必要にから
れりゃ問答無用なんだろうしやっぱり否定はできねぇ」
いつもは必要以上に真面目な話をしない人の珍しい様子に、チラリと見やるけれど視線
は変らず空へ向けられたままだった。
俺の様子を見てこんな話になったっていうよりは何かあったのかなという感じだ。
「はー、悪い。何かよくわかんねー話になったな」
こっちの事には気付かず、苦い口調で言うゲンマさんに迷いつつ聞いてみる。
「ゲンマさんは変わりたいと思ったことありますか?」
この人に泥臭い努力とか挫折とか似合わない気もするけれど、それでもこれまでには
何度か味わったからこその、今のこの人だろうから。
「そりゃ、ま、な」
やや端切れ悪く答えが返ってくる。
「まあどんなに頑張ったところで俺もお前もガイみたいな熱血タイプにゃなれねーし、
かといってお馬鹿で能天気なキャラもどっちも無理だし、だけど俺はお前になれねーし、
お前も俺になれねーって事だ」
「…ですね」
ちょっと脱線した脳裏に恐ろしい想像が浮かんで速攻打ち消した。
間違っても緑のお揃いスーツなんて着たくない。
つか、俺より間違いなくあのスーツはゲンマさんには似合わない。想像すると笑える。
必死に頭の隅に幻想を追い払っているところで、お前今余計な想像しただろとジロリと
睨まれる。
「しっかし忍びは本来己を表現するには向かない職業なんだけどな」
その割になーんかウチには個性が強すぎる奴らが多いけどと笑うこの人に先程の憂い
は既にない。
切り替えの早さも大人というか経験値の差なんだろうな。
「確かにうちの里って濃い面子多いですよね…」
ゲンマさんと同じ時代に生まれたらまた違ったんだろうか。何があったんだなんて聞き
出せるような、隣に並び立てる奴にとか。
もしもの話をしても仕方がないけれど。

「俺も前、考えてました」
チラリと横顔に視線を感じながら再び空を見やり、雲を追う。
「…今の自分が弱いのなら自分を変えないと強くなれないのか、そこまでして力を欲っ
するべきなのか。じゃあ今は何が出来るのか。自分らしさってのは何か。
そもそもそれは忍びとして必要なのか…」
一時期思考がそこに偏りかけていた。今でも全く考えないといえば嘘になるが。
「…そりゃえらくタイミングのいいネタだったな」
ちょっと驚いたような声にややしてやったりと思ったのは秘密の方向で。
「あー、結果的にはなるようにしかならないって感じに落ち着いちまったんですけど」
詳しく語るのは流石に恥ずかしいので以下省略だ。
「フ、いいんじゃね?無難で」
わし、と頭を撫でられた。
「お前なら出来る努力は怠らないだろうし、改善できる事はやってのけちまうだろうから
まず大丈夫だろうよ」
テシテシ、とトドメに頭を軽く叩かれて唖然とする。
「は?え、今の発言からなんでそんな答えが出てくるんですか!」
ちょっと…というか、かなりこそばゆいんですけど!!
「う〜ん?ヒミツ」
ニヤリと笑われて二の句が継げず赤面するしかない。
何で俺の事買いかぶってんだこの人。
「さー気分よくなったし仕事仕事」
「……!」
んじゃな!と機嫌よく去ってゆく後姿をただただ見送るしかなくて、姿が見えなくなった
ところでついに思わずその場にしゃがみこんだ。
「…確かにゲンマさんにはなれませんよ、ハハハ」
くぐもった声で呟いた独り言。
この里の上司は本当にひと癖もふた癖もある人ばっかで退屈しないな、ちくしょう!
新たな目標をこっそり胸に秘めて溜息をひとつと馴染みの台詞。
「ああ、めんどくせえ」
そうして立ち上がって、俺もまた歩き出した。