月夜に釜を抜かれる 

つきよにかまをぬかれる


「悪いな〜、奈良」
謝るならもう少し申し訳なさそうな顔をして欲しいってもんだ。
「顔に出てますよ」
つい顔がゆるみがちなコテツさんに突っ込みを入れつつ仕上げにかかる。
「すまんな」
苦笑いしているイズモさんも心なしか嬉しそうだ。
「いや〜だって久々に仕事早く終わって飲み会なんだぜ!」
「あー、確かにこんな時間に終わるの久しぶりっすね…」
思わず振り返る。最近デスクワークさせられる時はめっきり深夜残業が定番だ。
「思い出したくないから細かい日数まであげてくれるなよ、奈良」
げんなりしたイズモさんにそうっすねと返す。
自分の分の仕事が片付いたところで声をかけられ、なんとなく憎めない先輩二人組の手伝
っていると。
「奈良、奈良シカマル!」
バタン、とやや乱暴にドアが開けられる。
「?」
「お前に任務だ」
「え、今からっすか?」
「とりあえず来てくれればわかる」
「え、ちょっと…」
「がんばれよー」
コテツさんとイズモさんが揃って爽やかに見送ってくれる。
この人ら、他人事だと思って!
ぐいと腕を掴まれて連れてかれそうになったまま、一度歩みが止まる。
「あ、お前ら早く仕事終わらせてこいよ」
なぜか先輩コンビをビシリと指さしたので、あーこの人も俺の連行終わったらそのまま
飲み会行きメンバーなんだ、ふーんいいご身分ですねと心の中でちょっとやさぐれた。


いきなり呼び出された結果、何故か見覚えのある頭が二つ。
薄い金色の頭と桃色の頭が撃沈している。
「…で」
「……」
ジロリと隣を睨むとフイと視線を逸らされた。
「…任務って言いませんでしたっけ?」
「……」
あくまで視線を合わせない大人げない人物に口を開きかけて。
「お、奈良来たな!」
「ゲンマさん」
ここで無駄に男前スキル使用して挨拶されても困る。
仕方なくこれは一体なんすかと問えば。
「いやー、アンコの奴が絡み酒で気がついたらこの子達潰しちゃってさ〜」
サラリと言ってのけてるけど、時刻はまだ日が暮れ始めたばかりですが。
ついつい溜息。
「ホラ、山中上忍の娘さんへの溺愛っぷりは有名だしこっちの子は火影様の愛弟子だろ?
こりゃやべぇってとりあえず引き剥がして元凶は向こうに隔離したんだけど既にこの有様
でさ。あ、そういや生贄の二人はまだ?」
「もう少し仕事があるようでした」
俺を連れてきた人物がゲンマさんに答える。
「何だよ、あいつら使えねーなー」
先輩ら生贄なんだ…と嬉しそうにしていた二人に心の中でそっと合掌した。
「でさ」
相変らずニコニコと無駄にスキル発動中な笑顔で話しかけられても俺は騙されませんよと
これも心の中。
間違いなく面倒な事に巻き込まれた気がする。
「で?」
半ば諦めの気持ちでしかし冷ややかに聞いてみる。
しかし相手もこれくらいではこたえる筈もなくカラカラと明るく笑いながら答えてくる。
「ホラ、お前同期じゃないか。だからさー」
だからなんだつーのと思わずこめかみを押さえる。
するとまー、アレだよアレとポンポンと肩を叩かれた後、両肩をガシと掴まれた。
「ゴメン、諦めて?」
「めんどくせぇぇぇぇ…!」


噂によるアンコさんの酒癖を思うと、まあこれでもこの人達はそれなりに頑張ったんだ
ろうとは思う。二人を安全地帯にまで隔離してくれたみたいだし。
あの先で管を巻いている人物から視線を遮るように立ってくれているし。
ここはこっちに話が振られないうちに退散するしかないんだろうなと思考を切り替える。
脳裏に何人かの同期が浮かべる。
とりあえず運ぶだけならキバと赤丸。しかし後が面倒な気がする。
必然的に桃色と同じ班の金髪が浮かぶが、アイツを呼ぶとこれまたさらに面倒だ。
「そういやカカシ先生は?」
「あー、アイツ今日任務」
どうやらその可能性は既に考えていたらしい、即答された。
「二人は結構飲まされたんスよね?」
「みたいだな」
「……」
お宅のお嬢さんが未成年なのに上司に絡まれて明るいうちから酒飲まされて潰されたので
送ってきました。
…なんて言えねーよなと思わず天井を仰ぐ。心の中でスマンと謝って。
「では、とりあえず秋道チョウジをかっさらって来て下さい」
溜息とともに吐き出した答えに、ゲンマさんが一瞬呆けて。
「リョーカイ、んじゃ頼むよ」
俺を確保した人物に再び人攫いの指令が下った。


ほてほてと既に暮れた夜道を歩く。
俺の背中には同期、チョウジの背中には幼馴染。
「もう、いきなり連れてこられた時はびっくりしたよ〜」
そういいつつもチョウジらしくほほんと笑う。
「悪いな、巻き込んで」
「ううん、それはいいけどさ。それでサクラはどうするの?」
既に足は山中家へ向っている。
「お宅の娘さんが酒飲まされて潰されたんでって男が連れ帰ったら流石にマズイだろ。
酔いが醒めるまでいのんちで休ませてダメなら泊まらせてもらしかねーだろ」
「ふーん、それがいいかもね。でもいののお父さんびっくりするだろうね〜」
のんびり言うチョウジがちょっと羨ましい。びっくりで済めばいいんだけどよ。
「まったく、何でこんな事になったんだか」
「それはイノに聞いてみた方がいいんじゃない?」
「は?おいまさか、いの起きてたのかよ」
「……気のせいよ」
「起きてんじゃねーか」
「うるさいわねー、男がぐだぐだ文句言わないの」
「…いの」
チョウジの促すような声。
「…」
それでも沈黙するいのに本日大量生産されつつある溜息をつく。
「まあ言いたくねーんならいいけどよ、サクラの事頼むぜ」
「わかってるわよ〜」
力なくヒラヒラと掌だけで合図を送ってくるイノにもう何も言わずだだ人影まばらな月夜
をゆるゆると歩く。
「何かあったらちゃんと言ってよね、いの」
「うん、ありがとうチョウジ」
「サクラも」
「……」
「…まだ寝てるぜ」
一瞬動揺した気配を見せたまま動かない同期に気付かないフリをする。
「そっか。じゃあいの、サクラをヨロシクね」
「んー」
「おいこら、もうちょっとだから寝るなよ」
「んー…」
「結局こうなるのかよ」
「あはは、仕方ないよ」
気にした風もなくえらく呑気に構えているチョウジを思わずげんなりと見やる。
「いのいちさん、ぜってー仁王立ちで待ってるぜ」
「でもいの達を潰したの僕等じゃないし大丈夫なんじゃない?」
「…そうだけどよ」
「アンコさんって特別上忍の人がやっちゃったみたいですって言えばいいんでしょ」
「えーと、チョウジさん?」
「だって落ち込んでるいの達に付け込んだんでしょ?当然の報いだと思うよ」
「…ソウデスネ」
何だか隣を振り向いてはいけない空気が流れてきたような気がする。
いや、これはきっと気のせいだ、多分。
「いのの事、気付いてたのか」
「そりゃ大事な幼馴染ですから」
キッパリと言い切られて苦笑するしかない。確かに今は自分よりチョウジの方がいのと
任務などで会う機会が多い。自分が気付いたくらいだ、当たり前か。
「ぱーっと飲んで忘れられるなんて気軽な悩み、そうそうないのにね」
「…デスヨネ」
ギギギと思わず視線を外して斜め前を向く。つい今日のチョウジは男前デスネとほんの
少し現実逃避した。
「シカマルも、あんまり無理しないでね」
「わかってる。お前もな」
「…うん、ありがとう」
ようやくいつもの空気に戻ったところで目的地の明かりが見えてきた。
「とりあえず行きますか」
「チクりにね」
「…おう」
俺の本能が訴えている、今日の幼馴染には逆らってはいけない。こっそりと小さく溜息を
ついて細長いシルエットが微かに見える方に向って再び足を踏み出した。