雲を霞と逃げ去った 

くもをかすみとにげさった


それはそれは素敵な天気の日だった。
陽は昇ったにもかかわらず薄暗い朝、うっすらと霧雨。
まだ早いせいで人の動きも少ない。
まあ忍の里なので活動してる人も当然いるんだろうが。
今ここに夜明けまで任務で、先程報告を終えてきた自分のような人間も居ることだし。
ふいに頭をかすめ何となく寄る気になった、場所。
慰霊碑。
当然思考に浮かぶのはあのおっさんで、ただ何となく。
気配、歩き方、思い出。そして
チン、とライターを開く。
煙草、その香り。
「?!」
ぼんやりしていたせいで気がつかなかった、慰霊碑の前に居た人が勢いよくこちらを
振り返る。
「カカシ先生?」
なんだか驚いているような気がして珍しい。もっともそのマスクのせいであまり表情が
読めないが。
「…シカマル、どうしてここに?」
「あー、何となくっス」
「ふーん、アスマのトコに寄っていくの?」
「そうですね…」
「そういえば聞いたんだけど」
「?」
「 アスマに『火影にもなれる器』って言われたんだって?」
「…その話、誰に聞いたんすか」
「ああ、他の人に言わないでって言ったんだってね〜」
「……」
じゃあ聞き出すなよって思ったけど、この人にかかっちゃ申し訳ないけどあの先輩達
では敵うまい。
嘆息。
「ああ、聞き出したんじゃないヨ、教えてくれたの」
「…最悪」
おもわずげんなりしてカカシ先生を見やる。
この人は一体何が言いたいのか。
「アスマの一言で君が火影になれるなんてないよ」
柔らかく、棘が刺さった気がした。
「わかってます」
「でもソーユーコトだよね?」
三代目の息子の発言としてとれば多少の効果はあるだろう、と思ったのも事実だ。
「まさかナルトに遠慮した?」
「それこそまさかですよ」
これには即答した。
「あいつは自分で成し遂げますよ」
いっそ晴れやかに言い放つ。
「つか、あーゆー奴が火影になるべきだと俺は思ってます」
まあぶっちゃけ本当にアイツが火影になったら周囲はすんげー大変でしょうけどね、と
付け加える。
「ふうん…」
「でも今綱手様が倒れたら、火影候補トップってカカシ先生なんじゃないんすか」
え〜そりゃナイナイって言ってるけど、これはほぼ間違いないと思うんだけどなあ。
「めんどくさい自体は免れて、ナルトの邪魔にもならない一石二鳥って事?」
「…その話を蒸し返さないで下さいよ」
「ええ〜、気になるじゃん軍師様」
「やけに絡みますね、ナルトの事だからですか?」
軍師とか言われてすんげー嫌そうな顔をした俺だったけど、俺の発言にカカシ先生も
ピタリと表情を消した。
「?」
「そうだったら良かったのに」
「カカシ先生、…」
あんたまさか、と言いかけて辞めた。
「イイコだね」
に〜こりと嫌な笑いを向けないで欲しい。
「君はさ、アスマと一緒にいる時ってあんまりしゃべらなかったじゃない」
「…そうっすね」
見事な話題転換だ。怖いから突っ込まないけど。
そういえばアスマとカカシ先生は仲が良かったから、何度か一緒になった事があった。
カカシ先生の話自体はアスマやナルトから聞いていたけど、実際会って話す事は
あまりなかったかも知れない。
「ちょっと意外だったよ。もっと大人しくて冷めた子だと思ってた」
カカシ先生がつと、視線をずらす。
「そういえば君はアスマの自慢の子だったんだよね」
「……」
「だから、未成年者の喫煙は没収」
「!」
サっと手元から奪われる。流石上忍。
「じゃ、マタネ〜」
取り繕ってるような(気のせいなのかな)怪しいのかいつもの飄々とした雰囲気なのか
よくわからない感じで去ってゆく、しとしととした雨のせいで濡れ鼠寸前の背を見ながら
(人の事は言えない状態ではあるが多分向こうの方が長く、濡れていた筈だ)
色んな意味で自分はまだまだだなぁと思わされる。
「しっかし慰霊碑の前だぞ、ちょっとは空気読めよ」
まあ他に誰も居ないからいいんだけどよ、ってひとり言を呟いた時脳裏に。

「シカマル、君時々アスマと雰囲気似てる時があるわよ」

先日苦笑しつつ、紅先生に言われた言葉を思い出した。
まさか。しかし最初のあの揺れた空気は。
既に見えなくなった背中を思い出す。
…いや、まさかね。