分別過ぐれば愚に返る 

ふんべつすぐればぐにかえる


空が遠い。
子供の頃、見上げたあの青い空。
大人になったら背も伸びてほんの少しあの空に近づけるなんて単純に思ってた。
それなのに現実は。
身長だけ伸びたけれど、手を伸ばせばそれこそあの頃よりずっと近くなった筈の空が物凄く
遠く感じる。
それどころか、青く澄んだ空に時折痛む胸。
今では手を伸ばすことすらしなくなって久しい。

「なんかヒデー面してっぞ」
ボソリと聞き覚えのある声がしたけど自覚があるから振り返れない。
「何よ、失礼ね」
口調だけは取り繕ってみたけど、いつもより深い溜息でそれが失敗した事を知る。
いつもはのんべんだらりとしてるクセに、こんな時だけ鋭くなくったっていいのに。
以前はあまり交流がなかったけれど、今では他の同期より全然会ってんじゃないのかしら、
下手したらいのとかのくのいちの同期よりも…ってくらい。
別に変な意味じゃなくて仕事なんだけれど。
昔の面影なんてないくらい、今ではすっかり一人前の顔をしてるこの男。
あるといえばあの口癖とやる気のないオーラくらいって思ったら、何だコイツやっぱりちっ
ともかわってないじゃないって思いなおす。

「ホラ、これ綱手様から頼まれたリスト」
声にハッと我に返って今度こそ振り向く。
「え、コレだけ?」
一枚の紙に数行の文字の羅列。
「あー、なかなか条件に合うモンがなかったみてー」
ふーんと頷いてとりあえず受け取る。
「注意事項とかないの?」
「特に聞いてないな。後はもう少し条件緩くすれば多少候補増えるってくらいじゃね?」
「わかった、伝えとく」
時折こうして綱手様とシカマルのお父さん…というか奈良家の薬の調合法とか薬草の種類
とかの情報交換の呈のいいアシとして使われている私達なんだけど。
よく考えたら、今では綱手様の護衛としてもよく見かけるシカマルのお父さんが直接渡せば
良かったのではと思い至って。
「そんなに顔に出てたのかしらね」
つい零れ落ちた呟き。
「あー、まあそれもあんだろうけどさ。やっぱ色々マズイんだろ」
「え?」
しっかりこっちの意味合いまで読み取った返事の意味が分からなくて聞き返す。
「何渡されてんのかって変に勘ぐる奴らもいるってこったろ」
「そっちかー」
馬鹿よねーと思わず疲れたように言うとまったくだぜと同じく疲れた声で返ってくる答え。
ダンゾウ様の一件以来、表立っては特にないようだけど。
チラリ、とシカマルに目をやると何だよと視線だけで問われる。
別に、と肩をすくめれば怪訝そうな顔をしつつも強くは言ってこない。
最初は綱手様に言われても信じられなかった。昔のあんな落ちこぼれの奴がなんて思って。
こんな風に微妙な意味合いの言葉のやりとりや里の内部の事なんかを話し合えるようになる
なんて。
あの頃を思えば不思議だけど、いつの間にか信用できる奴だって思うようになってた。
いつだって先陣切って走り出す、ナルトやカカシ先生についていくだけで精一杯だった私は
あとに残された人達の事なんて気付かなかった。
それどころか現場大変なのに何してんの、とか生意気に思ってた。
綱手様の側で行きたくても行けない、見守ることすら出来なくて待つしかない辛さを、そし
て重い責任とその重圧。人の思惑、根回し、駆け引き。
そんな様々なものを目の当たりにして今まで自分がどれだけ幸せだったかを知った。

「似合わねーぜ、そんなツラしてっと俺がナルトに責められんだよ」
「はあ?ナルト関係ないでしょ」
「知らねーよ。こっちだってこの前資料渡してるトコ見られて超面倒だったっつーの」
「何それ」
「またどっかで見られてて何か言わたらめんどくせーっつってんの。だからそんなツラやめ
てさっさと仕事に戻れよ」
「…わかったわよ」
ちょっと間違えたらカチンとくる、不器用な言葉。
うちの男共はなんでこんなんばっかりかなあとこっそり嘆息。
これがわかるようになったのは自分がちょっとは大人になったからかしら。
こうして今まで見落としていたものが、きっと沢山あったんだろうな。
「じゃあね」
「おう」
背を向けて歩き出した時、ボソリと聞こえた言葉はつい漏れた、ひとり言だったみたいだか
ら聞かなかったことにしてあげた。
「…お前は気が強いくらいでいればいいんだよ」