深い川は静かに流れる 

ふかいかわはしずかにながれる


「おい馬鹿息子」
「何だよ」
ボソリと漏れた言葉に顔を上げず返る答え。
とりたて物凄く言いたい事がある訳ではないのをわかっているのか、おなざりな対応だ。
言葉の内容については、本人は言われ慣れてるといった風だ。
「お前、最近いつ馬鹿って言われた」
そんな言葉を落としてみても別段反論もなく、ただ溜息。
「たった今、目の前で言われたばっかだけど」
ああそうだったとぼんやり思っているともうボケけてんのかと返る答えと共に一手。
「あーそうなんだが、そうじゃなくてな」
声と共にこっちも一手。
言葉に迷って結局そのまま口にする。
「他にはいつ言われた?」
「ああ!?」
声と共に一手。
ふざけてんのかと下から見上げられて、至極真面目な顔でいいやと返す。
息子とは身長差があるから、座っていても自然に目線は下だ。
その息子はくしゃくしゃと髪をかいて再び溜息。
「ナルトとかキバとかサクラとかにゃ、よく言われてっけど。何でだよ」
それこそいのなんてしょっしゅうだし、とボヤキつつパチンと一手。
む、今回は早い。
「そうか」
それきり黙った俺に怪訝な視線を送ってくる息子。
「お前は、いい仲間をもったな」
ボソリ、とまたひと言こぼれる。
「意味わかんねぇんだけど」
「わからんか」
「……どうだろうな」
言いつつ、わかったのかわからないのか表情からは伺い知れない。
どこまで正確に伝わったかは謎だが、とりあえずなんとなく察したようなのでよしとする。
以前こんな会話をしているところをヨシノに聞かれて、貴方達の会話は時々言葉遊びの
ようねと苦笑されたのを思い出した。
別段本人達はそんなつもりもないが、お互いの性格もあいまって事細かに詳細を語るな
んて会話などはそういえばあまり存在していないかもしれない。
一から十まで説明なんて多分下忍に上がる頃にはなかった気がする。
必要な事項をポツリポツリ。足りなければ聞けばいい。
まあ単に面倒なのだ、お互いに。
今では勝手に理解しろと放置だしな、とこっそり笑う。
いつの間にやらIQ200以上の天才だとか勝手にもてはやされてはいるが、いくら頭が
良くったって実際に臨機応変に柔軟が思考ができるかどうかはまた別物だ。
物事の機敏にも…と考えていたところで、ふと声がかかる。
「あ、まあ待ったなしだかんな」
「…ちょっと他のことを考えてただけだ」
ち、小賢しいと大人げなく思って改めて盤面を見やる。
「……」
さっきからつらつらと余計な事を考えていたせいか、思ったより押されていて驚く。
「なあシカマル、そういやかーちゃんは?」
そういえばいつもならそろそろお茶でも持ってきてくれる頃合いだか、いつの間にか
気配がなくなっている。
「買い物行ったぜ。つか考え事ならほかでやれよ」
「お前、茶入れて来い」
「………」
何か言おうとして口を開きかけたが、結局何も言わず席を立った。
「もし、俺が」
再び口を開いた息子の表情はくるりと背を向けたせいで見えない。
「俺が間違った道に踏み出したら、いのはぶん殴ってでも連れ戻すって言ってくれた。
チョウジはもし俺がわかってて、あえて間違った道をいって止められないってわかった
時はついてくるなんてバカな事いいやがる。だから俺は」
ふ、と軽く息を吐く。
「茶、入れてくる」
静かに立ち去った息子の背中を見送る。
めんどくさがりな息子はやっぱり最後まで語らない。
まあいのちゃんに手をあげらすなんて事させられないし、チョウジ君を誤った道に踏み
出させる訳にもいかないからアイツはどんだけ苦しくても逃げ出したくても踏ん張るしか
ないってこったなと解釈する。
「うーん…?」
じゃあ実際自分がそうなったらどうだろう。いのいちとチョウザを想像してちょっと固まる。
…あまり考えたくないかもしれない。
とりあえずアレだ、うちの馬鹿息子から逆転大勝利を引き出す為に真面目に勝負しよう。
のんびりと縁側で、息子と将棋を打つ。
だだ、それだけがどれだけ幸せなことか噛みしめる。
願わくは、このささやかな幸せがをこれからも続きますように。
次へと託すことができるように今は全力で出来る事をやるしかない。
「とりあえずこの辺の駒をちょっと…いやいっそ盤ひっくり返すかな」
「何ふざけた事言ってやがる」
スパーンと襖を開けた息子が鋭く突っこむ。
そんなところはヨシノさんに似なくても良かったのに。
がっかりする俺の横で急須からお馴染みの湯のみに茶を注ぐ息子。
「いいから早く次うてよ」
「いやあ今日はいい天気だなあ」
「…この国の上忍連中はみんなタチ悪過ぎる」
「褒め言葉として受け取っておく」
「ちげーだろ!」
「わかってないな、男ってのはな…」
「あーハイハイ」
明らかに聞き流す体勢に入ってズズズと茶を飲む息子をこっそり目を細めて見る。
まだまだ、人生もこの里も捨てたもんじゃない。