小事に拘りて大事を忘るな 

しょうじにかかわりてだいじをわするな


「うっわ、最悪…」
そりゃぁもう、夢見は最悪だった。
夢見っていうか、ホントは昔に言われた事なんだけどさ。
それが余計に腹が立って気分はどんどん下降する。
二度寝する気にもなんなくて、苛立ちまじりに起き上がる。
顔でも洗うかと仕方なしに着替えて洗面所に行くまでに、負の連鎖でココんトコの嫌〜な
こととか思い出しちまってコレって負のスパイラルってやつ?
最近の嫌なこと。
「どいつもこいつもナルトナルトってよー」
つい口からでたボヤキ。うっかり一度出るととまらなくなった。
「何が里の英雄だよ、アイツなんてアカデミーの頃はドベでぜんぜん空気読めなくてホント
ダメだったのに。今更人気出るとかありえねーだろ。そういやシカマルもアレだ。アイツの
どこが頭いいんだかさっぱりわっかんねーしなあ。あの頃のドベコンビが今じゃすっかり偉
そうに出張ってて、あーあまったく嫌な世の中…」
スラスラと不思議なくらい勝手に口が動いてたのに、突如強制的に中断させられた。
「見苦しい息子に喰わす飯なんかないね。さっさと赤丸の散歩にでも行ってきな」
思いっきり殴られて玄関先まで吹っ飛ばされた挙句、そのまま蹴りだされる。
ドアが閉まる瞬間。
「今の、本気で言ったんなら二度と家には入れないよ」
勿論反論する暇なんかなく扉は閉められた。
「いってぇ…」
突然の展開に呆然としていた俺だが、口の中で少し鉄の味がして我に返った。
赤丸が心配そうにやってくるのをなだめる。
視界の端に何か言いたげな黒丸が見えて、奴が口を開く前に俺は家を飛び出した。


頭ん中がグルグルしてる。
「失言」だったかもしれないけど、その中に確実に本音が入ってた。
だから嘘をついた訳じゃねえ。
痣になってそうな口元を見られたくなくて、無意識に人気のない散歩コースを選択していた。
まあ元々俺と赤丸の散歩は街中だと目立つし、好きなように走れないからどのみち人が居
ない方へ行く事が多いんだけどさ。
うっそうとした緑が見えてきて、分かれ道のチョイスに一瞬迷う。
その先に見知った気配がして、思い切ってそのまま進んでみた。

「赤丸はここで待ってろ」
連れてくか少し躊躇って、一応ここで待たせることにして歩を進めた。
鹿に餌をやってるシカマルの後姿が見えるあたりで一旦足を止めた。
正直何も考えてなかった。
家を飛び出して、気がついたら奈良家の山の近くに来ていた。
あんな事を考えてた後でどんなツラして会うんだとか思うけど、迂回すればなんだか逃げて
るみたいで嫌だった。
心の奥底に沈めていた言葉が再びあふれ出してきて頭を振る。
その昔、確かアカデミーの頃に朝はこうして鹿の世話をしていると聞いたことがあった。
まだやってたのかと思う反面、生き物の世話ってモンはそんなもんだと思う自分がいた。
『生き物』
今では相棒として欠かせない相手となった『動物』
今朝の夢がふと過ぎってギュっと目を閉じた。
暫くすると鹿達の世話が終わったのか、シカマルの気配がこちらに向ってくるのに気付いて
顔を上げる。
チラと俺の顔を見て口元に気付いて少し眉を上げたけど、口にしたのは違う言葉だった。
「…そういや赤丸は?」
「向こうで待たせてる」
「そうか、悪いな気を使わせて」
たったそれだけで何だか胸の奥がじんわりとして、俺は慌てて気持ちを切り替えようとした
んだけど結局それに失敗した。くそ、俺は不器用なんだよ。
動物って奴は他の気配に鋭い。
だから忍犬とはいえ赤丸を鹿のそばには連れて行かなかった、…ただそれだけだ。
きっとシカマルは俺が赤丸を連れてても嫌な顔をしなかっただろう。
というよりそれこそアカデミーの頃、面白半分に餌やりをするのを眺めに赤丸と一緒に来た
ことがあった。
あの時だって何も言わなかった。
だけど俺はあれから知ったんだ。
俺と世の中一般ってヤツの忍犬に対する温度差を。
どれだけ俺が大事にしてきて、もう本当に相棒だって思ってても。

「何で赤丸はしゃべれないの?ってきかれちまってさ」
ポロリと零れ落ちた言葉は今朝の苦い夢の中と同じ言葉だった。
「そんでイラってきてなんか色々愚痴ってたら、家蹴りだされた」
そこではじめてシカマルがふっと笑った。
「ツメさん相変らずだな」
「まーな」
その昔は自分だって当然同じ事を思った。
小さい頃はその不満をお袋にぶつけたこともある。
当然鉄拳制裁くらったけど。
今ではそんなの全く気にならないようになっていたのに、久々に俺の劣等感に火をつけた
あの金色の同期。
単純でドジでバカでアホで頭悪くてうるさくてだけどいつだって純粋で真っ直ぐで。
まるでヒーローのように現れて里を救った男。
正直、羨ましかった。
でもアイツが今まで抱えてきて、きっとこれからも抱えていくものは間違いなく生半可なモノ
じゃなくて。それなのに今以上に色々抱え込もうとしてて。
アイツになりたい…なんて流石に俺も言えない、言える訳がない。
さっきお袋に殴られた傷が痛む。
「シカマル」
「ん?」
「シカマルって黒丸と話せるよな?」
「ああ?いや、まあ話せるつーか勝手に俺がそうかなって思ってるだけなんだけどよ」
以前シカマルがと黒丸が一緒に居た時に仲良さそうにしていたのを思い出した。
道端で普通に黒丸に話しかけてたから周りは色んな意味でドン引いてたけど。
それを見て俺はああ、コイツは昔からこういうヤツだったとしみじみ思ったんだ。
「なあキバ」
「ん?」
「俺は察する事は出来てもわかってやる事はできないぜ」
「ん〜?」
ちょっとよくわからなくて語尾が浮いた。
「黒丸は違う時には違うって言ってくれるからわかるけど、お前らはそうじゃねーだろ」
…理解するのに数秒。
お前達は言葉なんかなくてもお互いに分かり合ってんだろって、なんでストレートに言って
くんないかなコイツは。
言われたら言われたでスゲー恥ずかしいけどよ!
「…ああ」
ついぶっきらぼうな返事になったけど、どうせ今更だ。
「朝飯、喰ってくか?」
シカマルが山を下りる背中を追って俺も歩き出す。
「おー」
「赤丸、待たせて悪かったな」
麓で待機していた赤丸が降りてきた俺たちに近寄ってきたのを見て、シカマルは頭を軽く
撫でて言う。
朝っぱらから突然、あきらかに殴られた顔で不機嫌な同期に理由も何も聞かないで。
ただ当たり前のように赤丸を気遣ってくれて。
なんだろうな。
うれしそうに姿勢を低くしてシカマルに撫でられてる赤丸を見ながら思う。
アカデミーで成績でしか評価できなかった先生らなんざ本当、クソ喰らえだぜ。
勿論俺が成績悪かったから言ってんじゃねーよ。
今なら今朝のお袋の台詞がわかる気がする。
同期の他のメンバーをずらずらっと思い浮かべる。
うん、堂々と胸を張って言える。かけがえの無い自慢の仲間達だ。
「ああ、キバ」
「あ〜?」
「飯喰ってる間は正座な」
「ヨシノさんいるのか…」
ハハハーと乾いた笑いがこぼれた。まあここはお互い様ってヤツだ。
超こえーかーちゃん持つ身は大変だよとこっそり溜息をついてそこは了解としておいた。
「んじゃ、早いトコ喰って退散するぜ」
「ああ?食い逃げかよ」
まー遠慮せずにゆっくりしてけや、いいや結構ですお気使いなく、とぎゃあぎゃあ言い合
いしながら母屋に到着すると朝からうるさいとヨシノさんに一喝されるまであと少し。
しかし、普通にグーで思いっきり殴られて怒られんのはうちくらいじゃね?