莫逆の友
ばくぎゃくのとも
あの日も、こんな天気だったと思う。
久々にゆっくりと雲を眺めつつ、よく知った気配が近付いてくるのに気付き目を閉じた。
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「シカマル、明日は大事なお客様が来るから大人しくしておいてね」
ねるまえにかーちゃんにいわれてこっくりうなずく。
にわや、いまでだらだらせずへやでしずかにしとけってことか。
「さあ、今からお料理仕込まなくちゃ!」
げんきよくへやをでていくかーちゃんをぼんやりみおくる。
ふと、まえにかるったリュックをおもいだしてそのままごそごそといもむしようにすすむ。
たちあがるのがめんどくさい。
「あった」
ぽんぽんとゴミをはらって、なかをみる。からっぽだ。
「すいとう…」
だいどころにとりにいけばいいか。とりあえずリュックをさっきのところにもどす。
あしたは『えんかい』とかいうやつかもしれない。
はやくねて、あしたにそなえようとふとんにもぐりこんだ。
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奈良ヨシノは朝から忙しかった。
こんな時に他の子と違って自分の息子は手がかからなくて助かる。
家で走り回って物を壊すとかありえないというのは正直ありがたいけれど、せっかく男の子
なんだからやんちゃっぷりが見れないのは少し残念な気もする。もう少し大きくなったら多
少は違うのかしら。
あの妙なのんびり具合は誰に似たのかしらと常々思っている。
噂をすればその息子だ。珍しくリュックなんて背負って玄関先にしゃがみこんでいる。
自分で用意したのか水筒がリュックからはみ出して斜めに入っていて少し笑う。
「さて、仕上げてしまいますか!」
再び、本日のお客様用の準備にとりかかる。なにせ今日のお客様の食欲は尋常ではない。
気合を入れなおしたヨシノの姿が見えなくなったのを息子が確認してこっそり家を出たのを残念ながら彼女は気付かなかった。
そして大量の食事の用意をして一息ついた頃。
「おう、悪いな」
昨日深夜に任務から帰ってきて、そのまま遅くまで報告書を仕上げていたシカクがのっそり
やってきた。
顔色からするとそこそこ睡眠は取れたらしい。
「あなた、そろそろいらっしゃるんじゃない?」
「おー、そうだな。ところでシカマルの奴を見かけないけど、どうした?」
「朝は玄関のあたりで何だかしゃがみこんでたから、てっきり近くで遊んでるんだとばかり思ってたんだけど」
「ちょっとその辺みてくるか」
シカクが玄関先へ出ようとして。
「…なあ母ちゃん」
ポツリと振り返らずに声がする。
「今日の事、なんかいったか?」
「いいえ、特には。お客様が来るから大人しくしてるのよって言っておいたけど、結局どこか
へ行ってしまったのね」
まったく仕方ない子と溜息をつくがどうもシカクの様子がおかしい。
「……何で俺はアイツの前でうっかり任務書なんて読んじまったんだろうな」
「あなた、どうしたの」
思わず歩み寄って、俯いた姿が地面を凝視している事に気付く。
「珍しがるあいつに、どうせこの齢で分かるはずないからって何で気軽に暗号文字の読み方
なんて教えちまったんだろうなぁ」
溜息と共にもれた言葉。
先日シカクの膝の上に座ったシカマルが任務書を興味深げに覗き込んでいたのを思い出す。
いつもと違う字が気になったのか熱心にみていたのでシカクが面白がって文字を教えたのだ。
「こんな事なら照れずに、まずあいつにちゃんと絵本でも読んでやるんだったな」
後悔の滲む声で呟く。
足元には棒切れで書かれた、はじめて書いたと思われるよれよれとした文字。覚えたての、歪んだ暗号文字で『いてきます』
「あの子!」
「ガキが気ィ使いやがって」
バリバリと頭をかくシカクに思わず目をやる。
「子供の足だ、そう遠くへは行ってないだろ。ちょっと見てくるからイノイチ達と入れ違った
ら謝っておいてくれ」
「…わかったわ」
「しかしあいつなー…、小さい『つ』かけてねーよ」
やっぱ教えるならちゃんと教えないとなーという呑気な旦那の背中を思わず殴りとばした。
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「こら、シカマル。何でこんなトコにいるんだ」
みょ〜んと首根っこを捕まえるようにリュックを掴んだらしぶしぶ後を振り返るわが子。
「とーちゃん」
子供特有の、舌たらずの口調。
「おう」
ぷら〜んとぶら下げられても大人しくしているのでまるで猫の子供のようだ。
「で、何でわざわざリュックまでしょって家をでたんだ?」
「きょうは、おきゃくさんが」
来るから、といいたいんだろうなと予測をつける。
「それで?」
「……」
「こら、説明をめんどくさがるな」
図星を言い当てられて不満そうに眉をへの字に曲げる息子にまったく誰に似たんだか、と
心中でこっそり溜息をつきつつ顔には出さず根気よく問う。
日常会話まではどうだかわからないが、こちら側の問いかけの言葉はおおよそ理解できて
いるらしい。
「で、どうしたんだ?」
「おとなしくしてって」
「家にいりゃいいじゃねーか。どうせお前騒がないし」
「う?」
何やら説明したそうだがうまくしゃべれないようだ。
まあ人がいるのに家でだらだらしたら怒られるとか思っちまったんだろうな、コイツ。
それならいっそ外で過ごそうとリュックに水筒だけ入れて家を出て。
子供なりに一応色々気を使ったのだろう。あの地面に書かれたよれよれとした文字を思い
だして愛しさがこみ上げてくる。ぎゅーっと抱きしめると腕の中で不満そうな声がした。
「くるしい」
「おー、悪い悪い」
ついでに頬ずりまでしたら物凄い嫌そうな顔をしやがった。とーちゃん傷つくぞ。
ようやく地面に下ろしてやって、今度は目線を合わせられるようにしゃがむ。
「大丈夫だ、なんせ今日の主役はお前だからな!家でなら好きなだけのんびりしていいぞ」
頭を撫でてやりつつ言い聞かせると、コテンと頭を傾げる。
「?」
「今日はとーちゃんの友だちがお前の顔を見に来るんだ。だからいいんだよ」
「かお?」
「とーちゃんの友だちを紹介してやる。面白い奴らだぞー。だから一緒に家に帰るぞ」
「ん」
ともだちって言葉もまだよくわからないって顔をしている息子の頭をわしゃわしゃと撫でて。
「よし、かーちゃんも心配してるから急いで帰るぞ」
ひょいとまだまだ軽い息子を小脇に抱える。
いつかコイツが大きくなったらこのことを話してやるのもいいな。
大人しく荷物のようにぷら〜んとぶら下がっている息子をそっと見やりつつ家路を急いだ。
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いつだったか、多分記憶も朧げ気なくらい幼い頃。
すげー大きな人とひょろっとえらく背の高い人が家にきて、親父と楽しそうに話してたのを思い出した。
大人にしてはなんか面白い人達だったのをなんとなく覚えている。ひとしきり遊んでもらってつい眠くなっちまった俺が縁側でうとうとしはじめたら、笑いながら座布団を差し出してくれて。その上でぐっすり眠ってしまった。微かに記憶に残る温かい、親父より大きくて、それでいて優しい手。
「なあチョウジ」
気配が隣に落ち着いたのを見計らって声をかける。
「うん?」
「俺、すっげー小さい頃にお前の親父さんといのの親父さんに遊んでもらったことあるわ」
「凄いね、シカマル覚えてるんだ」
「あ?」
不思議な言い様に思わず閉じていた目を開ける。
チョウジの目は驚いているが、その顔はちょっと嬉しそうだ。
「ボクね、前に父さんに聞いたことあったんだ。すっごい小さい頃、シカマルのお父さんと
いののお父さんに遊んでもらったことがあるんだぞって。ボクは言われてみたらそんなこと
あったかも、くらいしか覚えてないけど」
「へえ」
「何かね、笑えるんだけど」
少し照れくさそうに、でもちょっと誇らしそうにチョウジが口を開く。
「小さい時なら覚えてないだろうからって、少しだけ機会をつくってわざわざ別々にボクら
と遊んでくれたみたい」
「わざわざかよ。つか覚えてないだろうって何だよ」
ふふふ、と笑みを残す幼馴染。
「俺たちの子供だから、絶対勝手に知り合う筈だって。だからあえて紹介とかしないで自然に出会えるまで放っておこうって決めてたらしいよ。」
「うわ、なんだよそれ…」
唖然として言葉にならない。
「ちょっとかっこよくない?」
「そうか〜?」
素直に認められない俺の事なんてお見通しでチョウジがにっこりと笑って頷く。
「そうだよ、それにさ」
ようやく身を起こした俺と穏やかな顔のチョウジとが視線の高さをあわせる。
「ボクらはちゃんと出会ったよ」
「そうだな」
あの日もこんな風に天気がよくて、暖かい穏やかな風が吹いていた。
「ここでシカマルと友だちになった時、父さんはどう思ったのかな。今度聞いてみようかな」
ニコニコと笑顔を絶やさない親友に思わず黙って拳を突き出す。
「うん、これからもよろしくね」
こつん、と優しく拳をあわせて。何も言わなくても読み取ってくれる親友。
「ね、シカマル。今からいの誘って久しぶりに甘栗甘でも行かない?」
「めんどくせぇなぁ」
「もう、シカマルったら」
「わーってるって」
立ち上がって伸びをひとつ。
「ま、たまにはいいさ」
「はい、さっさと出発〜!」
食べる気モードに入ったチョウジの背中を追いつつ、のんびり歩き出す。
手を差し伸べられなくても、大丈夫。
遠くだけれど、ちゃんと見える位置で立ち止まって、振り向いて、大きく手を振って。
…俺は存外と幸せ者だったんだな。
ありがとうを、心の中でこっそりと。
「シーカーマールー!先にいのの家にいっちゃうよ〜」
「今行く!」
あの日のような暖かな午後、今は三人で賑やかに。