然諾を重んず 

ぜんだくをおもんず


「以上が今回の任務書だ。そして」
何か言いたげな空気を遮るように続ける。
「今回の任務についての作戦立案を出してもらったのがこれだ」
二つの巻物を差し出す。
「拝見しても?」
「ああ」
それを手にとってざっと目を通すのを静かに見守る。
その間、嫌に静かな間がその内容を表しているかのようだ。
ひとつの溜息が部屋に漏れ、重い口をひらいたのは任務を受け取った側。
「綱手様、俺に死んでこいって言ってます?」
少しおどけたような口調には皮肉がふんだんに盛り込まれている。
しかしこの任務内容でこんな言葉が出るだけマシだ。
まあ、だからこそこの任務の遂行者として選んだ訳でもあるが。
自然に眉間に皺が寄る。
「私は納得してはいない」
つい不機嫌そうに発ってしまった言葉だったが、残念ながら現状を覆すことが出来ないのも
面白くない事に了解している。
「だが、今の段階では私もそれくらいの案しか思いつかなかったのも事実だ」
視線を落とし、やや肩を落とした発言に先程とは違った口調の声がかかる。
「まあ行けと言われれば勿論行きますよ」
気負うこともない、淡々とした口調。
「……」
「それが忍ですから」
諦めとは違う、ハッキリとした答えに思わず顔を上げる。
答えた相手をじっと見つめた後、今度は火影としての顔で命ずる。
「はたけカカシ、お前にこの任務の隊長を任せる」
「ハッ」
「わかっていると思うが今、この時期に他国ともめるわけにはいかない。任務は隠密行動とし
任務内容も極秘とする。それと…」
二つの作戦立案書に目をやる。未だ決済が押されないその巻物。
「まさか死にたくなければ自分で考えろって事ですか?」
「実はそれも考えた」
「つ、綱手様?」
「うわー」
側に控えていたシズネが思わず動揺した声を出した。カカシも少し呆れた声を出す。
緊張感のない二人をジロリと睨んで黙らせる。
そして爆弾発言を落としてやる。
「ひとつ、賭けをしようと思っている」


「綱手様、お呼びですか」
「ああ、入れ」
「失礼します」
呼び出された火影室には綱手様とシズネさん。
何だか俺を見てシズネさんがちょっと目を剥いた気がしたのは気のせいだろうか。
綱手様、これはどういう事ですかと言い募る補佐を火影様は軽く無視。
状況を全く説明されず、俺に差し出されたのはニ本の巻物。
「まずはある任務についての作戦立案がある。これを読め」
目をやるとそれには秘どころか極秘とかかれた巻物。
渡された時点で既に嫌な予感がひしひしとしていたが、読み進めるうちに逆に途方に暮れる。
明らかに自分とは縁がないレベルの任務だがこの作戦の内容は。
視線の位置で読み終えたタイミングを気付かれたのか声をかけられる。
「どちらかを選べといわれたらお前はどうする、奈良シカマル」
「はあ…」
勿論、二つの内容はもう一度見直さなくても既に頭に入っている。
簡単に言えば一つは攻撃と時間重視で一つは防衛と慎重な任務遂行重視。
しかし難易度が高いこの任務に極端な二択。これではほとんど決まったも同然だ。
「どうだ」
先を促す口調に仕方なく口を開く。
「あの、この際素直な感想言っていいスか」
「何だ」
「どっちにしろこの任務、無茶ですよ。よっぽど腕が立つ忍じゃないと無理だ」
「それは私もわかっている」
「まあそうでしょうけど…」
何と言うべきか迷っているとたたみかけるように。
「ちなみにこの任務の隊長はカカシだ」
「カカシ先生か…いや、いくら先生でもこれは流石に…」
確かに元暗部でビンゴブックにものる実力者であるあの人ならと脳内で思考が巡るが、引っ
かかる点が多過ぎて答えに迷う。
「どうした、選べないのか」
「まあ選びたくはないっすね」
ぶっちゃけ、と正直に答えるとやや綱手様の雰囲気が軽くなる。
「まったくお前は…」
「じゃあ聞きますけど、これって緊急任務なんですよね」
「……」
「ならもう答えは出てるも同然じゃないっすか」
それでも選べというのならどういう事だろうか。
思わず溜息をつきそうになって。
「ではお前が第三の立案を出せ」
「は?」
「綱手様、それは!」
言われて呆けた俺と違って逆に"驚愕"といったシズネさんの声が響く。そういやここに来て
からこの人驚いてばっかかも。
しかし相変らずそれを全く無視して声は続く。
「特別にシズネを貸してやる。それと今現在動ける忍びのリストもここにある。まあこの二つ
の作戦立案出した奴らの残りだがな。各忍の特性及び適正につてはシズネに聞け」
目を白黒させている火影補佐をどんどん置いて勝手に話が進んでゆく。
「任務に連れて行けるのは五人までだ」
チラっと入り口に目をやったが、間違いなく逃がしてはもらえないんだろうなと他人事のよう
に思う。
「はたけカカシが隊長、上忍又は特別上忍がもう一人まで。他は中忍以下で任務につくこと。
それと、今から5時間以内に作戦を立案し提出すること。また極秘任務につき作戦立案中は
こちらで用意した部屋からの外出は禁ずる。シズネはその監視も含む」
スラスラと今考えたとは思えない言葉が口にされて嫌な予感の的中した事を悟る。
「それとあくまで立案されたものと今回の二つを比べてより任務遂行率の良いもので任務書
を決定する、以上だ」
「ハヒィ、綱手さま無茶です!」
ガッツリ外堀を埋められた俺より混乱しまくったシズネさんを見ているとどうせ逃げれない
ならもういっかと投げやりになってくる。いつものようにめんどくせぇと小さく呟いて。
「わかりました」
「えええええ!」
「なんだい、素直じゃないか」
自分で命令しておきながら、やや驚いた綱手様に苦笑する。自分が最高権力者って自覚が
ないのかこの人は。
…シズネさんが完全に居ない方向になっていてちょっと申し訳ないところではあるが口を出
せる雰囲気ではないので心の中でそっと合掌。
「まあこんなところでカカシ先生に死んで欲しくないですからね、善処します」
まあこの案でも死にはしないでしょうが、と一応付け加えて。
「…それはナルトのためか」
意外な質問が降りかかってきたので綱手様の顔を見ると思いの外、本気の表情だった。
自来也様を亡くしたナルトのショックを思い出してそういうことかと納得する。
「まあ、確かにそれも全くない訳じゃないですけど」
らしくないな、と思いつつ。
「俺のためにも言っていってます」
「そうか、」
ふ、と笑った綱手様の顔がちょっと意外で印象的だった。
「よし、任務にかかれ」


火影室を出ると何故かそこにはカカシ先生が壁にもたれて立っていた。
「よ」
いつも通り気楽に片手を挙げて声をかけられる。
「シズネさん、ちょっといいスか?」
「わ、カカシ上忍!」
打ち合わせでもしていたのか、俺より後から出てきたシズネさんがカカシ先生に驚く。
「その先で待ってますから」
そそくさと立ち去るシズネさんに苦笑しつつカカシ先生に向き直る。
「聞いてたんすか」
「さあ、どうデショ」
相変らず読めないよなーこの人の表情と思いつつ、一応じっと見てみる。
やっぱりさっぱりわからねぇ。
「つかどうせ聞いてたんなら中に居りゃよかったじゃないっすか」
「一応退出するように言われたのヨ」
「はあ、そうっすか」
本当か嘘かよくわからない言葉にとりあえず答える。つか聞いてたことは否定しないのか。
カカシ先生は再び壁に背中を預けて腕を組む。
「っていうかさ、綱手様がいきなり『賭けに出る』っていうから何かと思ったらシカマルだし」
「何すかそれ」
なんとな〜く経緯が読めた気もするが、一応聞いてみる。
「ま、そゆことよ」
説明ナシかよ!って突っこんだら、だって分かってるでしょと流された。
「でもびっくりはしたよ」
「まあそりゃそうっしょ、俺みたいなのがいきなり別の作戦立案って言われても…」
「お前が素直に任務受けたこと」
だから無視すんな、とあくまでマイペースのカカシ先生に心で突っ込み入れておく。
本人に伝えるのは既に諦めた。
「新しい案までいけるかわかりませんが、とりあえず現状の立案にいくつか改善できる点は
あったんでせめてそれくらいはやりますよ」
肩を竦めて答える。
本当は代案のあらましは出来てはいるが、任務の難易度が半端ないだけにもっと掘り下げ
ないと今のままでは全然甘い。あと数時間でどこまで煮詰められえるかが問題なのでその
事は言わないでおく。
まあそこら辺も読まれてる気もしないでもないが。
「ふうん」
「それにさっきも言ったっしょ。俺だってカカシ先生にまだ死んで欲しくありませんから」
「っ…へえ」
「そこ、何で驚くトコなんすか」
珍しく動揺してるカカシ先生に思わず突っこむ。
「いくら俺だってあの立案で先生が死ぬなんて本気で思っちゃいませんけど、結構ギリギリ
の線だってのもわかってます」
「あー、驚いたのはソコだけどソコじゃなくて。えーとね、まあいいか…」
よくわからない唸り声が響く。
この人、説明すんのが面倒になったな。まあ俺もよくあるけど。
「それにあんな任務で貴方に死なれたら俺がアスマにどやされます」
「……そう」
多分初めて見る不思議な目をしてカカシ先生がマジマジと俺を見る。
「じゃあ、自分の為って言ったのもまんざら嘘じゃなかったんだ」
穏やかな表情で放った割に言葉は酷かった。
「やっぱりめちゃめちゃ聞いてたんじゃないっすか…」
ガクリ、と思わず肩が落ちた俺。まあこういう人だってわかってはいたけどね。
ふいに、懐かしい気配がした気がして顔を上げる。
「なら死なないであげる」
「…何で上から目線なんすか」
「まあ、実力の差?」
あー、あー、そうでしょうとも。何だか任務前に頭が痛くなってきた。
「しかし君はアスマと一緒で意外と恥ずかしいコだね」
「は?」
アレと一緒にしないで下さいよ、と思わず顔をしかめる。
「アスマもさ、いつもはあんなくせにいざっ時は、結構情熱家っぽくて暑苦しいよね」
まあ見た目もそうだったけどさ、と笑う顔はやっぱり穏やかで。
「でもね、ありがとう」
ポンポンと俺の肩を叩いてそのまま俺に背を向ける。
「カカシ先生!」
「ま、せいぜい俺にラクさせてちょうだいよ」
ヒラヒラといつもの調子で手を振って去ってゆく後姿を見送る。
…本当に、最近はめんどくせえとこばかり起こる。
だけどあれから俺は失くす事も託す事も知ってしまった。
だから。
「シズネさんすみません、お待たせしました」
まず、俺に出来ることから始めよう。そういうことでいいんだよな、アスマ。