見るは目の毒 聞くは気の毒
みるはめのどく きくはきのどく
おう、えらい不景気な面してんじゃん。
男前の口元にはゆらゆらと千本。
明るい太陽の光が反射して寝不足の目に刺さる。
悪気はない、とはわかっている。
というより任務で寝不足だなんて自分の仕事が出来てない証拠だとか、力不足で時間内
に終わらなかったんだから仕方ないとか…まあそんな事も思わないでもない。
が。
痛いもんは痛い。
「おーおー、目の下にクマなんか作って若いモンはいいねー、どこで遊んできたのよ?」
呑気な発言に頭が痛くなる。どうせ自分がそういった部類の人間じゃないってわかって
いてわざと言っている発言だ。どうも自分の周りの忍び(しかも階級が上)はそういった
ノリの面々が多い気がする。
というよりアスマの知り合いが、というべきか。
「任務です」
「えーそりゃないだろ、お前。で、どこのオネーさんと遊んだんだ、俺にも紹介しろよ」
ニヤニヤと全く人の話を聞く気もなく言い募る。年下の俺で遊ぶ気満々のこの大人気なさ
にげんなりする。
受け取り方が悪いかも知れないが、今マジでしんどいんです。
「あー」
そういえばとある事が脳裏に浮かび思わず発言してしまった。疲労時は判断力が鈍る。
「お、その反応はマジで女がらみか!」
俄然テンションが上がったゲンマさんにうんざりする。
「…だから任務ですって」
「いいじゃん、もったいぶらなくてもさー、シカクさんにはナイショにしとくから」
どう考えても自分は女性に困ってないような容姿のクセにまったくもって面倒な人間だ。
なんかもうどうでもいいかなーとか、千本をくわえながら器用に喋る姿に半ば感心しつつ
眺めているとゲンマさんはニヤニヤ笑いながら肩を組んできた。
あ、ウゼエ。
でもこの位置だと反射が眩しくなくていいかも…とか、まわらない頭の向こうで関係ない
事を考えていたり。
「あー、確かにオネーさんではありますね。美人だし、スタイルはいいし」
「ほー」
「その代わり、すっげ任務キツイっすよ。もう色んな意味で」
「何々、余計気になるじゃん!じゃあその後どっかパーッと飲みに行くとかさ」
「ああ、お酒は好きな人みたいですよ」
「マジか!」
「ええ、俺未成年なんで行きませんけど。何ならゲンマさん誘ってみたらいいんじゃない
ですか」
もう投げやりになって発言する。
「今日も夜任務あるんで来ます?」
「は?いいの?俺マジ行っちゃうよ?」
「多分構わないと思います。人手足りなくて困ってるんで」
「おーし、じゃあ何時にどこ集合さ?」
機嫌よく笑うゲンマ。
こうして奈良シカマルは任務の助っ人を確保した。
仕事の山。書類の山。巻物の山。
目の前には確かにグラマラスな美人。
その隣にもなかなかの美人。
反対側には今後期待できそうな将来の美人。
そして野郎共。
「よくやった、シカマル!」
「いやー、珍しいじゃんゲンマさんがこんな仕事手伝いたいって言うなんてさ」
コテツさんとイズモさんは新たな生贄ゲンマさんの肩をバンバン叩いて喜んでいる。
そのゲンマさんから恨みがましい視線を送られるが知ったことか。
「えーと、奈良シカマル君」
「なんすか」
「俺、何でこんな事になってんの?」
「……俺間違った事は言ってないですよ?」
「あー、まあそうっちゃそうなんだけどよ…」
心なしか銜えた千本が下がり気味だ。
普段ならここで『ゲンマさんすみません助かります』とか、そんな言葉がかけられてもいいハズなんだけれど。
殺気立った空気が向こうから放たれた。
「お前達、いつまで騒いでる気なんだ!さっさと仕事をおし!!」
「あれ、今日のシカマルの分」
サクラにそっけなく言い放たれた、既に渡されるのではなく山に盛られた底が見えない机を視線で示された俺は黙って席に着いた。こういう時に逆らってはいけない事は実家で身に
染みている。
「ゲンマさんはこれな」
コテツさんがニコニコしながら書類の山を指差す。
お前目が笑ってねーぞとゲンマさんが小さく囁くと側のイズモさんがげっそりと呟いた。
「コレもう4日目なんでね…」
その瞬間、ゲンマさんが遠い目をした。
そっとこっちに近寄ってきたゲンマさんに肩を叩かれる。
「悪かった、今度メシでも奢ってやるよ…」
「そんな事言ってられんのも今のうちだけですよ」
「え、ちょっとシカマル君??」
思わずぎょっとされたがこっちはそれどころじゃない。
いっそ、自分らより年上で階級が上の筈のゲンマさんに対して敬うとかを随分記憶の彼方
においやったコテツさんとイズモさんを真似しようかとも思ったが、それもあんまりなので
顔を上げて忠告した。
「もう数刻すればわかります。とりあえず屍は拾いますんで頑張ってください」
「えええええ?!どゆこと!」
「ソコ、うるさいよ!」
綱手様の怒鳴り声に首をすくめて俺は目の前の書類の山に再び埋もれて逝った。
数刻後。
地にひれ伏したゲンマさんを揺り起こす。
「ゲンマさん、大丈夫ですか?」
「…あーかろうじて何とか」
「スゲエ、まだ普通に思考回路生きてるんすね」
「お前ね…。まあその辺は悲しいかな年の功…」
シッ!
ある気配に気付いてハッと手を口元へやりゲンマさんの続きを止める。
「飲める子はいねがー、仕事出来る子はいねがー…」
恐ろしい寝言を呟いて綱手サマは再びスヤスヤと静かな寝息をたてはじめた。
ふーっと静かに息を吐く。隣でゲンマさんも詰めていた息をそっと吐いていた。
そして地に倒れ伏しているコテツ&イズモコンビに目を見やる。
「とりあえず俺が2人を連れて帰るわ、お前さんも疲れてるだろ。今日はもう帰れ」
「いえ、俺は飲めない間ちょっとは休めますから」
そう、溜りあげた仕事の後集中力が切れた綱手が宴会を始めて年長組は潰されるのだ。
未成年なシカマルとサクラは流石に付き合えないのでそこで一応解放されるのだが、酔っ
払ったメンバーを回収しなければ翌朝出勤してきた者達が恐ろしい場面に遭遇することに
なるので結局は帰れない。
「あれ、あの子は?」
あくまで静かに様子を把握していくのはさすが特別上忍。
「ああ、別室で仮眠とってます。本来なら帰してやりたいんすが一応女性陣もいますし…」
自分やサクラが触ってない、別に積まれた方をそっと示す。
「コレ、多分機密書類でしょ。アッチ側にあるやつとかは特に。…流石に部屋をカラに出来ないですし」
仲良く潰れている綱手様とその補佐殿にとりあえず毛布を掛けなおしてやる。
「お前意外と苦労してんだな…」
「あーどうなんすかね。その辺の加減は俺もよくわかんえーっすけど。まあ、これももう少しすればひと段落すると思うんですけど…なんか巻き込んですみません」
ひそひそと交わされる会話の中でも、誰も起きる気配はない。
ゲンマさんが静かに外を指差すので2人して一旦火影室から出た。
「お前あの書類…」
多分、火影をしても飲まずにはいられない類の書類。
「俺達の方にはまわってきてませんから内容は知りませんよ。一応あっち側は立ち入り禁止
になってたっしょ」
機密文書だから、という理由で俺とサクラの二人は入り口近くを陣取っている。よくわから
ない境界線を火影様が引いて。
「仕分けが雑なのか試されてるのか、たまにソレっぽいのも混じってますけど」
疲れているせいか思わず本音が出てしまい、肩をすくめるしかない。
…多分、サクラにはなく自分の方だけに紛れ込んでいる書類。イズモさんとコテツさんの疲れ具合による判断ミスか火影様の仕業か未だに判断に迷っているところだ。
「おー、期待の新人君」
こんな時にでもゆらゆらと揺れる千本。
ああ、マズイなと思う。
「この仕事事態の処理が始まったのは多分ひと月くらい前からだと思います」
家に仕事を持ち帰っても、家庭に仕事の空気を持ち込まない親父が以前、珍しくほの暗い瞳
をして疲れて帰ってきていたのをなんとなく覚えていた。
「今やってんのはあと2、3日で終わりそうなんで、まあ誰かが前処理やったって事っしょ」
それこそうちの親父とかもしかしたら暗部とかの、そういったある程度機密事項に触れられる
立場の人間が。
綱手様が火影になったいきさつからして、ずっとバタバタしっぱなしな火の国だ。
ため息をついて凝り固まった肩をまわす。
「ま、いーじゃねぇか。新人は甘えとけ」
「勘弁して下さいよ、めんどくせぇ…」
黙って聞いていたゲンマさんが静かに笑う。
本来処理しきれないと判断された能力と脆弱な精神面に悔しさを持つべきなのだろうが、チラ
見しただけでもあまりの内容の書類にたかだかアカデミーから上がってきたばかりの新人中忍
に任される筈ないと頭を抱えた。
頼られない事の不甲斐無さ、しかし巻き込まれたくない面倒事。
まったく柄にもない。
ぶっちゃけ出来ません、すみませんと関わらずに逃げ出せたら一番いいのもわかってる。
「お前さん、ホント真面目なタチだよな」
ニヤニヤ笑われる。一体どこまで見通されているのだろうか。
「いいじゃん流されてても、逃げてないならさ」
やっぱり読まれてるのかと内心ガックリしつつ、ちょっと視線を遠くにやったゲンマさんが
珍しくしんみり言うのでその端正な横顔を眺める。
この人にもあったであろう新人の頃はどんな風だったんだろうか。
「お、彼女復活したみたいだぜ」
視線の先に微かな足音。
極力気配を殺して現れたサクラがゲンマさんに軽く会釈をする。
「シカマル、綱手様達は?」
「あー、中でいつものごとく」
「…ま、そうよね」
ふ、と思わず病んだ視線を火影室に送ったサクラを誰も責められない。
「シカマル、コテツとイズモを引っ張り出すの手伝ってくれ。その後は俺が叩き起こして連れ帰るわ。君は綱手様とシズネさんを頼むよ」
「わかりました」
「了解っす」
ようやく長い夜が終わろうとしていた。
その後本当にゲンマさんは二人を引っ張って部屋から出し(申し訳ないが俺も見習った)
宣言通り叩き起こして引きずるように帰っていった。
去り際に。
「落ち着いたら飯食いに行こうぜ。お前煮物とか好きだろ、美味いとこ教えてやるよ」
男前にウィンクされるという微妙な状態に陥った。
反応見て遊ばれてるのかよって思ったが、俺が微妙な顔をしていると不思議そうに顔を覗き込んできた。
「え、もしかして肉派とかだった?」
「いや、煮物とか好きですよ。そりゃ肉も喰いますが…」
「じゃあ決まりなー、お疲れ!」
爽やかに去ってゆく後姿を呆然と見送った後、ふと我に返った。
「そうか、一応酔っ払いか…」
あの酔い方新しいな、いや単にタラシなだけかとか変な感想を持つ辺り俺も相当やられてい
るようだ。
「師匠、いい加減にしてください!しゃーんなろ!!」
室内ではサクラが遂にブチ切れた声が聞こえた。
火影様相手にしゃーんなろはマズくないか?と思ったがあいつも疲れてるし、相手は師匠だから大丈夫かと真面目な思考をどこかへ追いやった。
しかしゲンマさんが曰く年の功で早々に綱手様を潰してくれたので助かった。
あの人意外と事故回避能力高いんだなーと変な小ネタを仕入れつつ、室内が落ち着いたよう
なので一応ノックしてしばし待つ。
もうこの際、裏事情に首をつっこませる候補として選ばれたんだろうくらいで気楽にいくか。
今日はいつもより早いし、送りがてらサクラと一楽のラーメンでも食べて帰ろうと、ひとつ習慣になりそうなため息をつき「入れ」の声とともに再び火影室に足を踏み入れた。