黄泉の路上老少無し 

こうせんのろじょうろうしょうなし


あの日、二人の間で何の会話があったかは詳しく聞いていない。
何やらボソボソと話しつつ将棋をうっていたようだか、珍しくシカマルが激高して将棋盤を
投げ出したのは台所に居ても音でわかった。
聞き耳をたてる程悪趣味ではないが、こちらも一応現役なのだ。
息子が心配でもあるし、と思わずため息。
あの子がそこまで感情を高ぶらせるのは本当に稀だ。
幼い頃からあまり癇癪など起こさない子供だった。
とはいうものの、本来のシカマルは意外と感情の起伏は激しい方だ。
表側に出さず自分の中で消化するきらいが多いけれど。
だから物に当るくらいに、気持ちが抑えきれないというのは本当に珍しい。
それ程にショックな出来事であったんだろうとは思う。
自分の目からみても、猿飛アスマという人間は好人物だった。
親の目線から見ても、息子にいい影響を与えてくれたと思う。
本当にどうしようもないめんどくさがりだったのに今では立派に中忍だ。
まあ、損をするタイプではあるわね、と冷静に思う。
あれだけめんどくさいを連呼しておきながら根っこのところでは、人を見捨てられない面倒
見が良いタイプであるのは誰に似たのやら。
父親のシカクからして損をするタイプだから仕方ないというところなのかしら。
性格にかなり違いはあるような気もするけれど。
でも方向性は同じな気もするわね、表面上に見せないあたりとか。
そんな事を思いつつ、部屋の掃除をしていると。
ふと、その例の将棋盤が目に付いた。
何故かひっそりと駒が配置されている。
誰かとうったなんて聞いてないけれど、まあ一人で考え事をしながら盤に向うことが多々
ある家人達なので散らかさない限り触らないにこしたことはないと諦めている。
ああ、そういえば昨日シカマルが夜ぼんやりとしていたなと思い出す。
最初はあまり深い意味はなかったんだと思う。
だだ。

「この盤面…」
帰宅したシカクが将棋盤を見て呟いた。
「どうかしたの?」
その口調がいつもと違っていたので思わず聞いてみた。
「…ああ、コレ、な」
やや感慨深げに盤を見つめていたシカクがようやく顔を上げた。
「アスマが死んだ時にシカマルとうった局面だよ。アイツ、もうこれをうてるようになったん
だな…」
久々に見る父親としての顔。
最近は任務に追われてすれ違いが多い。
そしてその言葉に昨日のシカマルの横顔に納得する。
きっかけはその時の駒の配置を思い出してただ、置いただけ。
そんな感じなんだろう。
ふと、通りかかった横顔の苦さに息子の成長を見たような気がした。
懐かしかったのか、反省したのかそれはわからないけれど。
あんな顔もするようになったのね。
今からもっと知るであろう若さ故の失敗、経験不足での過ち、恥ずかしさも苛立ちも。
どんな顔をして受け止めていくのかしら、とこっそり思う。
見守ることしかできないけれど。
いつの間にか勝手に成長してしまって、男の子って本当につまらないわと今度秋道さんの
奥さんと語り合おうかしら。
誰もが通る道、しかし誰でも受け止め切れる訳ではない道。

「シカマルは?」
「昼間にチョウジ君に呼ばれて出て行ったきりまだ帰ってこないわよ。晩御飯を呼ばれてる
みたいだから遅くなるんじゃないかしら」
迷惑かけなきゃいいけどと呟くといやいや、その前に胃薬用意してやんないとマズイんじゃ
ないのかって言いながら、ずっと盤を目で追っている。
…そして楽しそうにニヤリと笑う。
「ほほう、今度はそうきたか」
嬉しそうに盤の前にドッカと座りこんで長考の姿勢に入る。
「あなた、先にご飯とお風呂済ましちゃってちょうだい」
「あー、後でな」
「ダメよ、絶対長くなるんだから」
「大丈夫だって、まだまだアイツなんぞにかける時間なんてないさ」
なんていいつつ意地の悪い顔をしている。
ホント、これだから男って。
「ご飯用意しますから、冷めないうちに食べてくださいよ」
「おー、わかってる」
上の空の返事にシカマルではないけど思わずため息。

それからもすれ違いが多い二人はお互いに家に帰ると1手ずつうちあっているようだった。
そして今日も。
シカマルの気配がないと気付いた主人はそそくさと将棋盤の前に。
「あなた、大人気ない。シカマルは寝起きに欠伸しつつうってたりするのに」
どちらかというと息子の方は時間がある時に気まぐれにうっている節がある。
この前遅刻しそうになってたけど…とは言わないでおこう。
「親の沽券にかかわるからな。まだまだアイツなんぞに負ける訳にはいかん」
「もう、これだから男は…」
そんな調子で一週間とか10日とか程続いていた駒が急に動かなくなった。
ちょうど里に襲撃があったりしてシカクもシカマルも任務が忙しくてずっとバタバタしては
いたけれど。
シカクだけが時折思い出したように将棋盤に目線をやり、進まない駒に息を吐きそのまま
任務に着く。
そんな様子が暫く続いた後の今朝。
朝早く、シカマルが将棋盤の置いてある部屋に佇んでいた。
襖を開けて外の景色を眺めているようだったけれど、空気は張り詰めていた。
そしていつもの位置に座る。
目を閉じて思考に入ったようなのでそっとその場を離れた。
シカマルの中で何かが決まったのだろう。
張り詰めたものが帰宅した時に和らいでいるといいけれど。
まあとりあえず、うちの旦那様の意地悪そうな、でもちょっと嬉しそうな顔がまた拝めるの
かと思うとまあいいかとひとつ、腰に手をやってため息。
最近忙しいようだから仕方ない、今日は少しだけ晩酌を許すかな。



<オマケ>

数日後。
「あれ、かーちゃんこれ動かした?」
「ああ、そうそう、掃除してるときにあたっちゃったのよ。どうせ貴方達の事だから駒の配置
覚えてるんでしょ。下手に動かさない方がいいかと思って」
「…めんどくせえなあ」
ブツブツ言いながら駒を戻すシカマル。
実はこの前、反対側の人と同じ事があった事はナイショだ。
「なんだかんだ言ってもあんた達やっぱり親子ねぇ…」



                           アスマの死からサスケへの決意頃