気は朝霧の如く
いきはあさぎりのごとく
時間はもうすぐ日付が変わろうかという刻、深夜ともいえる。
室内は疲れ切った溜息しか発っしない状態になりつつある。
既に自分の仕事が終わって帰ろうとした時、先輩に報告書を火影執務室持って行く
ように頼まれたのはもしかして仕組まれていたのじゃないかと邪推している。
どの道先輩に頼まれたものは断れない。悲しい事に忍者とは縦社会だ。
そしてそのまま火影様に捕まって、何故か書類をさばくのを手伝わされている。
嫌がらせのようにシズネさんが簡易の机まで持ってきてくれていて用意周到過ぎる。
きっと、捕まれば誰でも良かったに違いないと諦めの嘆息をついて手にした書類に
「極秘」の朱判を見つけてうんざりした。
ヤバそうな書類をちゃっちゃと別の箱によりわけて綱手様の方に追いやる。
胡乱な目で見られたが、とりあえず無視だ無視。
大体しがない中忍風情になつーモノやらせようとしやがる!
「大丈夫だ、お前ならデキル」
心の声がこんな時だけ通じなくていいと思う。
「意味わかんねーっす。重要書類は自分でやってくださいよ」
「いいか、シカマル。ここからコッチはお前の担当だ」
何気にこっちに多く分配しようとする。
「………」
疲れてきたので何も言わずとりあえず自分の机に置いてある書類に目を通す。
「………」
「………」
部屋に沈黙が下りる。
いつもの事とはいえ五代目火影である綱手様は書類が滞りがちだ。
しかしここまで切羽詰まった状態は珍しい気もすると、思考が寄り道をはじめた頃。
「お前はナルトをどう思う」
さらりとついでのように言われた割には言葉に真剣なモノがまじっていた。
こちらも綱手様へは視線をやらず、手を止めずに呟く。
「かわいそうな奴だとは思いますよ」
「はあ?」
その言葉に怒りがこめられている。
「お前それはどういう意味だい。事によっちゃあ…」
責めるような強い視線にうんざりしつつも手は止めない。
「休憩にはまだ早いんじゃないんですか」
「煩いな。こっちは夕方からずっと缶詰でいい加減飽き飽きなんだよ!」
先程さんっざん八つ当たりの嫌味を言われながら、資料を取りに部屋をでた綱手
補佐に同情を禁じえなかったが、こっちにお鉢がまわってくるのは勘弁して欲しい。
「シカマル!」
強い口調で言い募る様を見て、こちらもやっかいな事になってると思い出した。
「綱手様が何故にナルトにそこまで肩入れするのか…までは、めんどくせーので
ツッコミませんけど」
ただ。
「…あいつは、知らなさ過ぎる」
「そりゃあアイツは馬鹿だけど、もっとタチの悪い馬鹿より全然マシじゃないか」
「ソレですよ」
予想のつく指摘に思わず溜息が出る。
「ああ?」
「アイツに対してそう思ってる人間は結構多いと思うんすよ。だけどアイツはソレに
気付かない。というより気付こうとしない。それが可哀想っつってんですよ」
トントンと書き上げた書類を整える。それを処理済に入れようとして。
「まさかコレ未確認で決済する気じゃないでしょうね」
「……」
「………」
途端に目を泳がせた大人は駄目上司だった。
「別にみんな報われたくてあいつを心配してんじゃないとは思いますけど」
ここに来てから何度目かの諦めの心境で会話を続ける。つい溜息が深くなるのは
俺のせいじゃない。
「確かにアイツは特殊な環境に育って、今だって特殊な状態にいる。だから広く目を
向ける余裕なんてないって言えば仕方ないとは思いますよ。でも…あいつは本当は
それが出来るのにあえて見ないフリをして自らアノ事に縛られてるようにも見える」
「アイツか…」
綱手の口調は苦々しい。下忍時代の彼をよく知らないだろうから余計にそうだろう。
客観的に見れば彼…いや奴はやり過ぎた。
多分今後、自分達には嫌な選択が待っていることだろう。
それをナルトが受け入れる事が出来るか。
そして今、周りが見えないナルトでは自分達が支えてやることすら出来ないのでは
ないか。
…それにナルトから見れば今、自分の考えている結論は裏切りに映るだろう。
「タチの悪いことに自分に酔ってるとかじゃなくて、もうあれは妄想つか執着に近い」
いつかソレがあいつの足元を揺るがすとわかっていても俺達は何もしてやれない。
まだその事に気付いてすらいない同期だっているが。
「七班…畑上忍の班であったあの二人には特に…」
目をかけている若手二人共が妄執に囚われているのかと、こっそり綱手を見やる。
しかも相手は裏切り者とはいえ、自分の同期を取り込んでいるのだ。
同じ「同期」のくくりで考えるのであれば、綱手だって心中穏やかではないはずだと
ナルトはいつ、気がつくのか。
いくつもの仲間の死を乗り越えなければならない忍びだとしても。
「余計な同情はいらん」
ムッとした声が響く。どうやら思考が読まれてたらしい。
「綱手様や畑上忍のように、まだ俺達は大人じゃないっすから」
スミマセンね、と肩をすくめて再び書類に取り掛かる。
心の中で、どう処理されているのかはわからないが流石に表面上はキレイに取り
繕われている。
「…まさかお前とこんな話をする事が出来るとはな」
「帰りますよ?」
いやまてまてまて。慌てふためく火影様をぼんやり見やる。
「なんだか飲みたい気分だよ」
「すみませんね、未成年なモンで」
「いや待てよ。どうせシカクに仕込まれてるんだろう、お前飲めるんじゃないのか」
「だから未成年に飲酒を勧めないで下さい」
「よし、そうと決まったら飲もう!」
「話を聞けよ!」
「…そういえばお前は存外私に対して口のきき方が酷いよな」
「……すみません、いただきます…」
権力に負けた瞬間だった。
綱手は積み上げてある本や資料など目をくれず立ち上がる。
自分はそっと崩れそうな書類を見やる。
シズネさんホンマすみません、不可抗力だったんです…
心の中で詫びて、そのまま里の最高権力者に拉致された。
(まあ俺が居るからって資料取りに行ったついでにちょっと休憩とか思った貴方も
悪いんですよって事で)
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