好物は祟らず
こうぶつはたたらず
以前コテツさんとイズモさんに薦められた和食の店の前をふと通りかかって寄ってみた。
一見普通の民家風で、小さく掲げられた商い中の札が無ければ予め聞いてはいても入る
のを少し躊躇う佇まいだ。
ガラリと引き戸を開けると、中はこじんまりとしてはいるがなかなかの盛況ぶりだった。
…というか座れないかも。
「ごめんねー、今日は込んでて相席になってもいいかい?」
気の良さそうな年配の店員に言われ、面倒なのでまた今度と断ろうと口を開きかけて。
「こっちあいてるぜ」
どこかで聞いた覚えのある声に目をやると、男前がひょいと手をあげていた。
「ゲンマちゃんの知り合いかい、まあ入りなよ」
にこやかに促されて仕方なく席に近づく。
「どうも」
一応座る前に声をかけると不知火さんは一人で飯を食べていてのんびり答えた。
「お前シカクさんトコのだろ、まあ座れよ」
「はあ」
よくある会話だ。親父と似ているせいでよく言われる台詞でもある。
こういう言われ方をするのも既に慣れた。
というより、こういう言い方をされている時はまだ感触は良い方だ。(脳内統計より)
奈良さんところの、くらいまではそこそこ。
親父がそんなに知名度があるなんて正直思ってなかった。
…家ではあんなだし。
お陰でまあ余計な話もチラホラ聞こえないでもないが。
アスマにしてもそうだ。
親の七光りとか担当上忍のコネとか、ありがちな話だ。まさか自分がそういった対象になる
とは思ってなかったが。
「そーいやお前とは任務被んねーよなー。1回組んでみたいんだけどな」
思考を遮るように突然言われてハッとする。
「なんでっスか」
「面白かったぜ、お前の試験官やったからな」
「あー…忘れて下さいよ」
思わず遠い目をした。なんだか既に随分昔の話のような気がする。
そこへさっきのオバちゃんが水を持って席にやってきた。
「何にするかい?」
「鯖味噌定食で」
和食が素朴な味で美味しいって聞いていたので迷わず注文する。
「あいよ」
愛想よく去ってく後姿を眺めていると目の前の特別上忍が笑う。
「おっまえ、また渋いモン頼むな〜」
「不知火さんだってソレ」
かぼちゃの煮物を指差す。
自分より間違いなく地味なチョイスだ。定食風のお膳とは別に小鉢があるということは
明らかにわざわざ別に注文したとしか思えない。
「ふーん、ちゃんと敬語じゃん」
突然の感想にはぁ?と疑問がよぎる。
「俺どんなイメージなんすか…」
「んー、まあカカシの事はちゃんとカカシ先生とかはたけ上忍って呼んでたからわかって
たけどさ」
そこでニヤリと笑う。しかもこっちのカカシ先生の使い分けまでわざわざ指摘する辺り、
逆に嫌味だ。
…ここにも居たよ、クセのある上司。
確信犯がニヤニヤしながら反応を待って笑っている。男前なだけに余計にタチが悪い。
「だってお前、自分トコの担当上忍呼び捨てだったじゃねーか」
「まあアレは…なんつーか…」
痛いところをつかれる。説明しようがなくて微妙に言いよどんでいると更に笑われる。
「親父さんより全然真面目じゃん、おもしれー!」
その台詞に思わず嫌そうな顔をしてしまった。
「ちょっとゲンマちゃん、奈良君いじめてんじゃないでしょーね」
「は?」
「え?オバちゃんコイツ知ってんの?」
思わず2人して驚きが揃ってしまった。
「何言ってんの、親御さんにそっくりじゃない!」
「あー…」
再び2人して今度は納得の言葉が揃う。
「まあ親父さんとソックリだもんなー」
不知火さんの声に俺も仕方ないと思っていると。
「何言ってんの、ヨシノちゃんに瓜二つ!」
「は?!」
2度ある事は3度あるらしい。再び声を揃えて驚いた。
「昔はよく来てくれてたのよねー、懐かしいわー」
「……」
「…あんまり言われた事ないんすが、似てますか?」
「何言ってんの、顔立ちそっくりよ!」
なんとなく恐る恐る聞くと逆にオバちゃんにバシーッと肩をはたかれる。結構痛い。
みんな髪型とかに騙されてるのねー、まったく節穴なんだから!と豪快に言い放って
去ってゆく後姿を呆然と見送る。
「すみませんね、節穴で…」
「いやなんつーか、こっちこそすんません…」
まさかこんなトコで母親の名前まで出てくるとは思わなかった。
微妙な空気の中、攻防の間にしっかり置かれていった鯖味噌定食を食べる。
「あ、ウマイ」
「お、そーかそーか」
「つーか、何故かかぼちゃの煮物がオマケされてます…」
小鉢に少し盛られたホクホクのかぼちゃ。
「お、良かったじゃん。ここの味付け好きなんだよな」
とかいいつつしっかり俺の小鉢のかぼちゃを頬張ってますがどういう事だっつーの。
「まーまー、そんな顔しなさんな」
「いや別にいいすけど…」
「そういやお袋さんの話で思い出したけど、シカクさんいつからかお前の話をしなくなっ
たなー」
思い出したように突然言う割に、しっかり2個目のかぼちゃも奪われた。
親父が愛妻家で恐妻家というのがある程度知れ渡っているのも、ムダに耳に入ってくる
情報だ。
「いや記憶ないような子供の頃の話されても困るんで助かります」
かつては親馬鹿っぷりを披露していたとかいないとかマジ勘弁して欲しい。
もくもくと鯖味噌を消化する。マジ美味い。うまいけど…
「今思えばお前さんがアカデミーに入る前には全然言わなくなってたから、やっぱり忍び
になるんじゃないかって考えはじめた頃にはそういうのやめたんだろうな〜」
まあいのいちさんはお構い無しに娘自慢してたけどなと笑う。
「いー親父さんじゃん」
「…どうも」
答えようがなくて困る。そこへ不知火さんが3個目のかぼちゃに手を伸ばしてきた。
仕方なく小鉢ごと進呈する。
「お、悪ィなー」
なんかちょっと嬉しそうなので本当に好きなんだなーと諦めた。
「しっかし、お前よくこんな店知ってんなー」
「あー、コテツさんとイズモさんに」
「アイツらがこの店に来るような奴等かよ」
つか、見た事ないしとか言ってるのをアンタどんだけココ通ってんだと心の中で思わず
ツッコミつつ答える。
「いや、正確には2人がイビキさんにたまにはちゃんとした和食喰えってすすめられてた
流れで」
「あー、イビキか。お前意外と顔広いんだなー」
「いや、たまたま居合わせただけっす」
「ふーん」
既に完食しているのに席を立たない様子の不知火さんは食べ終わるまで俺に付き合って
くれるつもりなのだろうか。意外と気さくな人なんだなーと思っていると唐突に。
「ゲンマでいいぜ」
「いやそれは無理っす」
思わず即答。唐突に気さく過ぎる。
しかし不知火さんは俺の答えにやっぱまーじーめーとか言って腹を抱えて笑っている。
しまった、そっちだったか。
「いやいやマジで。今度はちゃんとかぼちゃ食わせてやるよ」
目の端に涙出てますけど、笑いすぎデス。
「はあ…」
どこまで本気なんだかよくわからないがとりあえず好意として受け取っておこう。
「悪いな、そろそろ召集なんだ」
そういって席を立った不知火さんに一矢報いてみる。
「じゃあ今日はゲンマさんにゴチになります」
「おー、いいぜ!そんじゃまたな!」
爽やかに言い放れた。
「え?!ちょ、待っ…」
慌てて席を立つと。
通路の向こうでブハ、と俺を指差して笑う姿が見えた。
そんなに俺の言動オモシロイか、こっちはアンタのツボなんて知らねっつの!
俺の中でここは素直に奢ってもらう事に決定した。
「ゲンマさん、任務遅れても知りませんよ」
通路から顔を引っ込める際にそれだけ言って俺は食事を再開した。
家と味付けが似ている煮物にちょっと笑いつつ。