足の跡はつかぬが筆の跡は残る 

あしのあとはつかぬがふでのあとはのこる


       ※疾風に勁草を知るの続き。単独でもOK

任務が終わって帰宅するとここ数年、すっかり愛用となった将棋盤を縁側から居間へ運んで
くる息子とかち合った。
既に外は薄暗い。
今日はヨシノが用事で山中家まで出かけて、夜まで留守にしていると聞いていた。
当然日頃のように文句言う者もおらず、のんびり将棋うってたら集中し過ぎて暗くなってきた
のに気付かなかったとかそんな感じなのだろう。
今日は珍しくまる1日休みだと聞いていた。
盤面に何やらマル秘とかかれた書類を載せているのに気付く。
「オヤジ、帰ったのか」
「ああ、かーちゃんはまだみたいだな」
「晩飯の準備はしてあるみてーだけど、日が落ちるまでには帰るって言ってたからそろそろ
帰ってくんじゃねーの」
「ん、なんだソレ」
「ああ、夕方ナルトが届けてくれた明日の会議の書類」
「あー、あれか…」
脳裏にそういや今日になって変更箇所が出たとか綱手姫が言ってたなーと思い返す。
そして気付く。
足りない。
息子の愛用の本が。
毎回ではないが、今日のようにゆっくり時間がとれる時に将棋盤に向かう場合にはほぼ欠か
さず添えてあったアスマから譲ってもらったという本がない。
思い出に耐え切れず捨ててしまうような弱い息子だとは思っていないが。
直視出来ない程堪えてるのか?
まずは内心を隠しシレっと聞く。
「そういやお前、いつもの本は?」
息子は一瞬怪訝な顔をしてああ、と頷いて将棋盤を床に置く。
「あれはナルトに貸した」
「ハア、ナルトぉ?」
予想外の答えに思わず声がひっくりかえりそうになる。
似合わない、間違いなく似合わない相手だ。
そんなこちらの心情を察したのか、シカマルが苦笑して答えた。
「あいつ馬鹿だけど頭が悪い訳じゃねえしよ。たまには落ち着いて何かやるってのもいいん
じゃねえかと思って」
以前、めんどくさがり王のコイツがナルトの為になら何かやってやりたいって気になるとか
言った時には珍しく随分と入れ込んでると思ったモンだが、そのナルトは今では里の英雄
扱いだ。
こいつは案外人を見る目があったのかもなと思ったものだ。
まあ元々があのミナトの息子だしな。
「それにさ、昔この縁側でアスマと将棋してる時にナルトが来たことがあってよ」
懐かしそうに語る口調に若干の寂しさと懐かしさはあっても暗い影はない。

―身近な人の死。
それは忍者としても人としても、いつかは乗り越えなければならない。
いきなり直面した、目前にしたソレ。
目を背けたくなる現実と向き合って打ちひしがれて。
それでも逃げ出さず、踏みとどまった息子。立ち上がろうともがく、その背中を後押し出来た
ことを父親として誇らしく思ったものだ。
かつて、同じように誰かに押された背中。
同じく師を亡くしたナルトを見て、背中を押した息子。
そうして繰り返される無償の温もりに、かつての青臭い自分を思い出す。
らしくない。

息子がやや怪訝そうな顔で見ている。
スマン、考え後事をしてた。悪いと手で先を促す。
「…昔、この縁側でアスマと将棋してる時にナルトが風の性質のチャクラについてアスマに
聞きに来たことがあってさ」
「へえ」
「この書類持ってきた時になんか思い出してるみたいだったからついでに押し付けた」
「お前、ついでって…」
「まあサラッと説明したら面白そうとか言って意外と興味ありそうだったし、いいんじゃね?」
「あーさいですか…」
何だ、あまり深く考えてなかったのか。
いやこいつの事だから単に説明してきて照れくさくなっただけか?
思わずいたずら心がうずきだす。
「なあ馬鹿息子」
「あんだよ」
「あの本な、俺がアスマにやったんだぜ」
「はあ!…聞いてねーけど」

息子のマジどびっくりな顔→不機嫌な顔のコンボを見てにんまりする。
そういえば不機嫌な方ならともかく、ここまで驚いた顔を見るは久しぶりかもしれない。
「あいつが昔ヤンチャだったのも聞いたろ」
「ああ、俺からしたら想像つかねーけど、なんかわかる気はする」
「うん?」
「あの抜け具合は経験から来る余裕だろ。まあ元々のいい加減さもあんだろーけど」
まあコイツから見たらアスマは大人で余裕こいてるように見えるんだろうなーとこっそり心の
中でニヤニヤする。
確かに間違っちゃいないが、それだけではないって気付くのはやはり同じくらいの歳になって
からだろうか。あーホント懐かしいな。
「まーあの頃、ちっと尖ってたアスマにくれてやったんだよ。たまには将棋でもして落ち着い
たらどうだってな。まさか大事にもっててお前にまわってくるとは思わなかったぜ」
すると嫌そうに息子は顔を顰めた。
「あのおっさんひとっこともそんな事言ってねーぞ」
ちょっと悔しそうな顔にウキウキするあたり俺も大概性格が悪い。
「まあ今度ナルトから本返してもらったらよく見てみろ。最後のページに細工してうっすら奈良
家の家紋いれてあるから」
「マジか…」
げんなりする息子の頭をわしわしと撫で回す。

「よし、今日は気分がいいから飲むぞ!付き合え息子」
「はあ?何言ってんだよ」
「そうよ、何言ってるの」
息子の声に被さるように居ないはずの人物の声が。
「ヨ、ヨヨヨ、ヨシノさん!? いつお帰りで…」
「たった今ですわ」
ニーッコリととってつけられた笑顔。背後で息子の溜息。
…俺の楽しみが儚く終わる音が聞こえた。