疾風に勁草を知る
しっぷうにけいそうをしる
夕暮れにはやや早い夕方。
真夏に比べてやや涼しくなってきたけど、まだ昼間は暑くて外を歩くと汗がとまらない
くらいだ。
任務を終えて一端家に帰り、着替えてから再び頼まれ物を届けに家を出た。
今はやや気温が落ちていて、ツクツクボウシが鳴いている。
街からやや外れたこの辺りの場所は木々が多く、木陰は涼しい。
そういえば以前この道をわき目も振らず駆け抜けた事があった。
まるで遠い昔の事のようだと思わず苦笑する。
あの頃から考えると今自分が手にしている書類など重要機密で触れる事すら考えられ
ないし、それを渡す相手もとてもそんなものを手に出来る相手とは思えなかった。
「俺は…あれから少しは成長できたのかな」
問いかけたい相手は今ここにはいない。
緑色の垣根が見えてくる。
「…かわらないな」
最初にここに来た時も、あの頃も、今も。
まるでこのあたりだけ時間がゆっくり流れているようなそんな場所だ。
いたずら心を起こして気配を経って近寄ってみる。
そーっと垣根の近くから中の様子を窺うと縁側らしき所に箒頭のさきっぽが見えた。
「ニシシ、予想通りだってばよ…」
綱手のばっちゃんがシカマルが久々の休暇だって言ってたから、こんな暑い最中だし
きっと家でダラダラしているに違いないと踏んだのだ。
思わずニヤニヤ笑いながら今度は垣根に張り付いて庭の様子を覗き込む。
「………」
縁側で一人、将棋盤をじっと見つめるシカマルが居た。
何だろう、不思議な表情をしている。
考えているというよりどっちかというと、ただじっと駒を見つめているような感じだ。
誰も座っていない向かい側に座布団が一つ。
親父さんとでもさしていたのかなと思いかけて気付く。
あの時みた風景が。
紫煙が漂ってきそうなこの雰囲気。
(アスマ先生…)
思わず呟きかけて飲み込む。
あの時。
今思えば突然押しかけ、アスマ先生に助言してもらった途端用件は済んだとさっさと
帰ってしまって俺ってばかなり失礼な奴だったってばよ?
既に居ない人を惜しんであの穏やかな空間を邪魔して悪かったかなとか、今更なん
だけれどそれが分かるくらいには自分も色々あった。
そんな事をつらつら考えていたので油断した。(と思いたい)
「ナルト、いつまでぼけっとそこに居るつもりだ?入れよ」
笑いながらシカマルは言うと、自分は奥に入っていった。
いつからバレてたんだってばよ。
驚かすつもりだったから微妙にバツが悪い。
ってゆーかこれじゃまるで俺ってば不審者じゃないか…!
この際なので裏口をすっとばして庭に入る。縁側まで行くとそこはちょうど風が通る
ようで、涼しさに目を伏せた。
「ほらよ」
「フギャ!」
頬にいきなり冷たい感触がきて何故か奇声が出てしまい、それを聞いたシカマルが
怪訝な顔をした。
「お前って時々不思議な生き物だよな…」
「ムキー、失礼だってばよ!」
大体生き物ってどういうコトだよ生き物って!っていいつつ、喉が渇いていたので差し
出された麦茶を一気に飲み干した。
「おかわり!」
「へいへい」
いつものやる気のない声で返事があり大人しく奥に下がってゆく。
その背中を見送って、再び縁側に立つと何だか居場所がないようで途方に暮れた。
先程思い出したアスマ先生の指定席だったハズの向かいの座布団にはとても座れ
なくてシカマルの座っていた横あたりに腰掛ける。
昔はぷらぷらと脚をぶらつかせて遊んでいたこの縁側も今では地面につきそうだ。
「へいよ、お待たせ」
「ありがとうってばよ」
2、3口飲んでぷばーと息を吐く。
「あー、生き返ったかも」
「大袈裟だな。で、どうしたんだそんな書類持って」
言われてギャッと我に返った。
「そうそう、綱手のばっちゃんに頼まれてたんだった!これ明日の資料だって」
手にした書類の袋が皺になってなくてちょっとホッとしつつ渡す。
「お、サンキュ。つか忘れてたのかよ…」
「えへへ、まあいいじゃねぇか。わざわざ任務が終わって届けにきてやったんだぜ?」
「あーはいはい、ご苦労様」
「うわ、心こもってねー」
「うっせぇよ。で、コレ何か言われたか?」
袋を開けて中を覗き込んでいる。げ、結構枚数あんなとか呟いてるので思い出した。
「えーと、会議の予定がかわって明日の昼からになったって言ってた。今日中に目を
通しておけって、明日の朝イチで打ち合わせするから」
「うわ、マジかよめんどくせぇ…」
げんなりした顔で資料を袋から引き出す。パラパラと軽くめくって溜息。
そのまま袋にしまい無造作に縁側に置く。
「えーと、いいってばよ…?」
思わず書類を指さす。
「あー、お前の前でかっさらっていける奴がいたら俺には無理だしいいんじゃね?」
…いいんだろうか。
こういうところは昔と全くかわっていない。
「なーシカマル。アスマ先生とはよく将棋してた?」
「ああ、そうだな。下忍の頃とかは結構やってたかもな」
「おもしろい?」
「どうかな。人によると思うけど、やってみるか?」
いきなりそう振られても正直頭を使ったモノなんて基本やらないし、何より二人でやる
ようなものなんて…相手がいなかったから知る由もない。
「そっち、座ってみろよ」
「え?」
思わず動揺した。
だってそこはアスマ先生の席だろ。俺が座っていいのかよって聞けずに固まっていると
変な奴だなとシカマルはあっさりアスマ先生の座っていた場所に収まる。
「何処まで知ってる?」
「もー全然」
「あーそか。まあそんなモンだろうな」
「え、そんなモンなの?」
さらっと流されて思わず驚いて声を上げる。その反応にシカマルはちょっとポカンとして
こっちを見た。その後ああ、と何か頷いて。
「俺も下忍の頃アスマに教えてもらったくらいだからな。今時将棋なんて知り合いの誰か
でもやってないと知らないだろ。そんな気にすることでもないさ」
「ふーん、そうなんだ」
ちょっとホッとする。名前だけは聞いたことあるからもっとみんなやってるのかと思った。
周りに人が居なかった俺はそういった対人関係の遊びとかはサッパリ知らないから一般
的な認知度も正直よくわらなくてこういう時ちょっと困る。
「ホラ」
座布団の横に置いてあったやや古ぼけた本を手に取り、差し出される。開いたページ
には図解で駒の名前と動きが書いてある。
「へー、駒によって動きが違うんだ。何この斜めとばしとか。おもしれー」
「成ったらまた違うぜ」
「うん?ああコレか。裏返しとかあんのかー」
ふーんとかへーとかいいつつマジマジと本を見てたらシカマルが駒を動かし始めた。
「ほら、お前も並べてみろよ」
並べ方はその次のページな、と言いつつこっちに駒を渡してくる。
「あれ、この本書き込みがあるけど、シカマルの字じゃない…?」
「あー、元々はアスマのモンだからな」
「え?」
(それって大事なモンじゃねーの?)思わずこわごわと触ってしまう。
「あー、そんな気にすんな。アスマの奴も元々誰かからのもらいモンって言ってたから年季
入ってっし、俺はもう使わないしな」
裏返して題名を見ると将棋入門とか書いてある。確かに今のシカマルには必要ないだろ
うけど。
…以前の俺ならきっと何も気にせず『そっかー、アスマ先生って字汚ぇなっ』て笑って終わっ
てたなーと思う。だけど。
師を亡くしたシカマルにとってこれはきっと大事な思い出の品だ。
同じ経験をしたからわかる。
もう使わない本を傍らに置いて一人将棋盤に向かって何を考えていたのか。
(あの頃の俺は自分ばっかりで、シカマルが葬儀に出席しなかったのすらまったく気付いて
なくてどんな気持ちだったかなんて考えたことなかった…)
どうやって乗り越えたんだろうな。
自分の師を目の前で殺されたと聞いた。
俺だったら間違いなく九尾とご対面してただろなーとか苦く想う。
こうして時折自分の同期や仲間の強さを目の当たりにすると誇らしくなる。
「興味があるなら持って帰って読んでみろよ。その方がアイツも喜ぶ」
そういわれてやっぱりちょっと迷ったけど、きっと俺が逆の立場でも同じことしたかもなって
思いなおして素直に受け取ることにした。
「わかった、借りるってばよ」
ニシシといつものように笑うとようやくお前らしくなったなって笑われた。
「ラーメンの汁つけるなよ」
「そんな事わかってるってばよ、俺様を馬鹿にすんなー!」
言い返したものの、本当はやべ気をつけよとか思ったのはナイショだ。
シカマルもちょっと胡散臭そうな目で見ている。
いや、ばれてない。きっとばれてない。
なんかちょっと諦めたような溜息をついてシカマルが将棋盤を指差す。
「どうせお前は実践派だから、1回ちょっと差してみっか」
「おー、望むトコロだ!」
「あ、その前にお前並べ方違う」
「えええ!ちょっと待つってばよ…」
ムムムと本とにらめっこを始めるとシカマルが席を立った。
「ちょっと俺も茶とってくるわ。お前は?」
「んー、まだいい」
「あいよ」
ぺたぺたと裸足で歩くシカマルの音が去ってゆく。
今度こそちゃんと並べなおして顔を上げるとまわりが優しいオレンジ色に染まり始めていた。
さわさわと柔らかな風を受けてぼんやり庭を眺めていると不思議と穏やかな気持ちになれて、
アスマ先生がよくここに来てた気持ちがわかる気がした。
ちょっとぬるくなった麦茶を飲み干して。
こんな日も悪くないと思う。
「シカマルー、やっぱおかわりくれってばよー!」
奥の台所に向かって叫ぶと既にこっちにもどってきていたシカマルが顔をしかめた。
「お前の声響くんだからそんなにデケー声出さなくても聞こえるよ…」
そういいながら、手にはコップが2つ。
明らかに叫ぶ前から用意していたソレに俺は思わず破顔した。