その子を知らざればその友を見よ
そのこをしらざればそのともをみよ
「相変らず黒丸はかっこいいなあ」
聞き覚えのある声にはて、と頭を傾げる。
誰だったかなと思っていると更に言葉が増す。
「黒丸撫でていい?」
忍犬に対してまるで人のように話しかけるのは犬塚家としては当たり前だが、
普通はそうはいかない。
「そっか、ありがとな。やっぱ風格あるよな〜」
非常に呑気な発言が聞こえてくるが、そもそも家でペットとして犬を飼っている者でも
忍犬とわかればあまり近寄らない。
更に黒丸はあの風貌だ。
一匹で待たせておいては碌な事がないのは黒丸もわかっているのか、いつもは余り
人目につかないところで待機していて、気配を感じれば現れるのが常だ。
姿を現すだけでも珍しいのにさらに撫でさせるとは。
まてよ、そういえば昔同じような事があったなと思い返す。
「おー、この忍犬おっとこまえだなあ」
「あー、うちの母ちゃんの忍犬で黒丸っていうんだ」
「へー。なあ黒丸、触ってもいいかな?」
「シカちゃん、そんな目をキラキラさせても多分無駄だぜ。黒丸は結構気難しいし。
母ちゃんなんて俺が触ったら馬鹿がうつるからやめなさいとか言って俺でもあんま
触らしてもらえないもん」「ふーん、でもお前に聞いてない」
さらっと馬鹿息子をながすのでこっそり聞いている方も笑ってしまった。
あれが噂の奈良んとこの子倅か。
残念な事にうちのと成績もたいして変わらないらしいから、父親のようにはなれそうも
ないなと自分の子を棚に上げて考えた。
「な、黒丸。ダメか?」
…犬に話しかけている。しかも真剣だ。黒丸が喋るとは知らない様子なのに。
気になってそっと覗いてみると真正面から黒丸を覗き込んでいる。
あれは馬鹿なのか、肝が据わってるのか。
じっと見つめ合うこと数十秒といったところか。黒丸がスイと頭を下げた。
多分子供の高さに合わせたんだろう。
「うん、わかった。ちょっとだけな」
「え、ちょっとシカちゃん?」
なでなでなで。
「もちょっといい?」
黒丸はまだ頭を下げたままだ。
「ありがとな。ほんと、黒丸は渋いよなー」
なでなで。
「え、もしもし、シカちゃん?何で黒丸と意思疎通できてんの?」
「あ?何となく」「うそん…」
がくーとうな垂れる馬鹿息子の側で今度は赤丸がキューンと鳴いた。
「おー赤丸も撫でて欲しいのか?よしよし」
今度はわしわしと頭を撫でる。
赤丸が嬉しそうに尻尾を振っているがそれは忍犬としてどうなんだ。馬鹿息子から悪影響
受けまくっているじゃないか。
しかしあの子は動物に警戒心を抱かせないタイプなんだろうか。
奈良家では鹿を飼っているというし、獣の扱いに慣れているからなのか。
すると黒丸が立ち上がって此方に歩きだした。
「黒丸、ありがとなー」
まるで人間の知り合いに話しかけるかのように声をかけている姿にやや和む。
父親同様イマイチ読めないが…まあ馬鹿息子も懐いているようだし、単に頭が良いだけの
人間より少々悪ガキでも犬に好かれる方が信用できるかとか、最初はそんな印象だった。
あの頃はまだ下忍にすらなっていなかったんじゃないだろうか。
本当、人間とはわからないものだ。
アカデミーを卒業して下忍になり、息子の同期で一人だけ中忍になったと聞いた時はかなり
驚いた。
しかしその時の戦いぶりを聞いて更に驚く羽目になった。
こういう言われ方は嫌だろうが、やっぱり奈良シカクの子だったかと思ったものだ。
そして今。
「あ、ツメさん。お久しぶりです」
「ああ、そういえばそうだな」
「すみません、なんか黒丸見るとつい触りたくなっちまうんですよね」
「ああ、まあいいさ」
シカマルは触り方が上手い。子供にありがちな一方的な可愛がり方でないし、どうも犬が
嫌がる前にそれを何となく感じ取っているようでもある。
だから黒丸も安心して触らせているのだろう。
「あ、今度時間があったらちょっと聞きたい事があるんすけど」
「ん?どうした改まって」
「ええ」
シカマルが一瞬周りの気配を読んだ。そしてやや声のトーンを落として言う。
「忍犬の活用・運用の件で1回詳しく話を聞かせて欲しいんですよ。データーだけじゃなく、
できれば実際の現場経験者から直接聞きたいと思って。キバを見てなんとなくわかっちゃ
いるつもりなんすが…」
「あー、馬鹿息子だけで判断してもらっちゃ困るな」
苦笑して了承する。
まったく、あの子供がな。
ふと黒丸を見るとシカマルを見て目を細めている。そういえば昔から黒丸は人を見る
目があったんだったな。
「何なら今から来るか?ハナは任務でいないが、今日は私もキバも、もう任務がないし。
久々に飯でも食べていけ」
「え?」
「お前も今日は任務ないんだろう?」
「ええ、まあそうっすが…」
「よし、じゃあ行くぞ」
決まったとばかりにぐいぐい手を引っ張る。
「いや、そんな突然悪いですよ」
「家長が言ってるんだ、構わん」
「俺が構うんですって…」
「大丈夫だ、ヨシノには私から連絡しておく」
「あー助かります…じゃなくて!」
あああ、と情けない顔をしたシカマルはまるで昔のままだ。
そのまま強引に引きずるように家の方角へ進みだすと背後から溜息が聞こえてきた。
「わかりましたから、手を離してください」
「ああ?いっちょ前に照れてんのかぁ」
「…その荷物持ちますんで」
諦めたような口調が滲み出した言葉に思わずガッと振り返った。
勢いに驚いたシカマルが目を丸くしている。
「俺何か変な事言いました??」
その顔をマジマジと見て、更に上から下まで眺めてやると居心地悪そうに身じろぎした。
正直、普通のどこにでもいそうな少年だ。
「あの、とりあえず買い物はこれだけでいいんですね?」
確認するように恐る恐る聞いてくるのが可笑しくなって思わず噴出した。
これはヨシノの躾か?そうなんだな?
笑われて思いっきり眉間に皺が寄ってるが、それでも荷物を持とうと手を差し出してくる
辺りがまたシカクとは違っていて面白い。
「悪い悪い」
この際なので素直に荷物を譲り渡して帰路に着く。
帰宅した途端、馬鹿息子が「え、何でシカマルとかーちゃんが一緒?何のフラグ立っちゃっ
たの?」と驚いてうろたえているので…思わず蹴りを入れておいた。
ここに連れてくる経緯を思い出して心の中で溜息をつく。
うちのも多少は成長したと思っていたが、どうやらまだまだ全然だな。
…もうちょい頑張らんかい、我が愚息。
おまけ:
「なあ、キバんち胃薬とかねぇよなあ…」
「あー、多分ない。つか喰い切れねーなら残していいぜ」
「出来るかそんな事」
「律儀だよなあ、シカちゃん…」
「頑張れ俺の胃腸…」