彼は誰
かわたれ
奈良シカマルという人間をよく知らないと気付いた時、同時に自分がいわゆる「同期」
と呼ばれている仲間達の事を何も知らないことに気付かされた。
その光景を見かけたのは偶然だった。
見覚えのある白い忍犬とその主が物凄い勢いで走ってゆくのが見えた。
任務にでも遅刻しそうなのか、まったくキバってやつってばよとその背中を見送って。
「シカちゃん!」
キバの切羽つまったような声に驚いて思わず足を止めた。
「お前、その呼び方ヤメロっつってんだろ」
いつものやる気ない声に疲れが濃く滲んでいた。
珍しい、と思って「いや本当にそうなのか?」と思い直す。
いつも溜息をつき、面倒くさそうなやる気のない声で静かに話す。
それが自分の中で浮かんでくる奈良シカマルだ。
それに居眠りしてたり、欠伸したり、ぼへーと空を眺めてたり、という行動が標準装備
されている。
何度か任務を一緒にこなした事もある。
それこそ命懸けだったあの時だって、あんなシカマルの声は聞いた事がなかったような
気がする。
「大丈夫だ、火影様のお墨付きだぜ」
ポンポンと軽くキバの肩を叩いて笑う。
「消毒の臭いがする…」
「ああ、ちょっと病院寄ったからな。聞いたんだろ」
「シカちゃんは…?」
「お前人の話聞いてたのかよ。大丈夫だっつーてんだろバーカ」
「馬鹿ってなんだよ、俺は!」
言いかけたキバの頭にワシって手をかけてそのままぐしゃぐしゃと髪をかきまぜる。
その顔色はやや青白いが表情は優く笑っていた。
多分無理をしている、綺麗に押し隠されているが第三者的に遠くから見てると何となく
わかる。キバは…大人しくされるがままになっている。多分気がついてない。
―不思議な光景だ。
「お前今から任務なんだろ。ちゃんと気持ち切り替えて行けよ」
穏やかな声だった。
そして暖かい声だった。
「うん、いってくる」
キバの声はちょっと震えていた。
ほら、と背中を押されて歩き出した背中に。
「あ、任務から帰ったらこの前貸した三千円返せよ」
「シカちゃんのばかーーーー!」
超台無しだ、ちくしょーって叫びながら忍犬と走り去ってゆくキバに人事ながらちょっと
同情した。
…奈良シカマルはやっぱりよくわからない奴だった。
「あーやべぇ」
突然キバを見送った後、動かなかったシカマルが呟いた。
フラリ、と体が傾く。
「シカマル!」
驚いて思わず駆け寄るが膝をついたシカマルは顔を上げない。
「シカマル!!」
しゃがみこんで様子を窺うといつもの口調が降ってきた。
「あーうっせ、大丈夫だっつーの」
カチンと来た。
「何だよ、俺じゃ頼れないっていうのかよ」
さっきだってそうだ。俺に対してシカマルはどんなに疲れててもあんな顔は見せない。
仲間だ、と思ってたのに。
友達だと思ってたのに。
いや、もしかして。
キバに見せた疲れた顔を俺は知らない。
でもその後の、綺麗に隠された嘘吐きの仮面はきっとキバは知らない。
たまたま自分が気付いただけ。
今まで自分が気付かなかっただけ。
「ちげぇよ」
ぐるぐる考え込みそうになった俺に今度は短く、はっきりとしたシカマルの声。
ハァとちょっと溜息をついてそのまま地面に座り込んだ。
「え?ちょ、シカマル?」
ここに?と思わず動揺する俺を無視して肩をコキコキ鳴らしている。
「悪ィな、チャクラ切れ寸前なんだ」
ちょっと眉が寄っている、この顔は見たことある顔だ。
が。
「はあ?!何言ってんだお前。それ大変だってばよ」
何事もないようなシカマルに驚いて俺は逆にオロオロする。
「まーまー、落ち着けよ。そのうち回復すんだから」
「お前落ち着き過ぎだろう!」
「めんどくせえなあ」
いつも口調でいつものセリフだ。
何でそれだけの事でこんなに安心するんだろう。
「さっきの見てたんだろ」
「…うん。ごめんってば」
いや、別にいいさってちょっと疲れたように首を振る。
「なんか出て行き難い空気だったってばよ…」
「あー…ちょっとな」
少し遠い目をしたシカマルに疎外感を感じて黙り込む。
「任務がらみだから詳しくは言えねーんだけどよ」
「?!」
「あいつの任務が立て込んでてさ。昨日キバの後任で俺を含んだ小班が交代要員で
借り出されたんだよ」
「お、おう…」
話させていいんだろうかってちょっと思ったけど聞きたいから止めなかった。
シカマル頭いいらしいからその辺は考えてしゃべるだろ。俺よくわかんないけど。
つか未だにあんまその辺りの実感がわかない。
「あいつと交代してからちょっと状況がマズイ方向になっちまってさ。小隊に怪我人とか
出ちゃった訳。んでキバの奴責任感じたんだろ」
「そっか…」
「…あいつさ」
「?」
「時々なんだけど、何つーか。知り合いのケガとかにえらく敏感になる時があるみたい
でさ」
俺も詳しくはよくわかんねーんだけど、シノが言ってたとかシカマルが小さく言うのを
ぼんやり聞いてた。
あいつら同じ班だったからなとちょっと遠い目をして言う。その疎外感は何となくわかる。
「だから今の俺の事はキバに言うなよ」
「わかった」
そんなキバもシノも、やっぱり俺は知らなくて。
「なんかさ」
「・・・・・・」
「俺ってば皆のことまだ全然よくわかってなかったんだってばよ」
「みんなそんなもんだろ」
「そうかなあ」
「まあ、お前は特にそうかもな」
え、と驚いた顔の俺にシカマルは苦笑している。
「どういう意味だってばよ」
馬鹿にされたような気がして思わず不機嫌な声になってしまったのは仕方ない。
なのに更に「つーか、お前等の班はな」って気もするがってガシガシ頭をかきながら
シカマルが言う。
「ナルト、お前はさ。いつも一生懸命じゃねーか」
「…そりゃ当たり前だってばよ」
「何事にも全力って事は、他の事に目が届きにくいって事でもあるだろ。そうじゃなくても
お前時々全く回り見えてねー時、あるしなあ」
それは、と返そうとした俺を笑いながら手で制して続ける。
「でも俺はお前の物の本質を見る目は買ってるんだぜ」
ふう、と一端息を切った。そういやコイツ疲れてるんだっけ。
「俺は情報としてソレをしってるだけ。でもお前はさ、本能でソレを知るだろ」
「本能?」
「さっきのキバだって、踏み込んじゃいけないって思ったから黙って見てたんだろ」
「んー…」
「正直さ、昔…つかちょっと前まではお前のこと羨ましいって思ってたよ」
「え、俺?」
なんかちょっと意外な言葉を聞いたような気がする。というか話とんでね?
「忍とかなんだかんだ言ってもさ、結局結果だろ。やっぱり前衛で戦って敵を倒して
功績を残すってのわかりやすいじゃねーか。でもどうひっくりかえっても俺の力も思考
もそっち向きじゃねえ。傍から見りゃいるかいないかわかんねえくらいだ。でもさ、」
俺は語るシカマルをじっと見ていた。
「お前みたいなまっすぐな奴が走っていくのを見るのって気持ちいいじゃねーか。
なら俺はお前達が走って行く先にある障害を少しでも取り除いて、思いっきり走って
行くのを見送るのもいいんじゃねえかと思ったんだよ。俺にソレが出来るんならさ」
「シカマル…」
顔が赤い。つか耳まで赤い。見てるこっちが照れくさくなってきた。
「全力が当たり前ってお前は言うけど、それって本当は結構難しいんだぜ」
誰かに言われた事あんだろって指摘されてなんかそういえば心当たりがあるような
ないようなって考えてたら。
「あ〜いたいた、シカマル」
そこへチョウジが小走りにやってきた。組み合わせ的には珍しくないがチョウジが
小走りってスンゲー珍しい気がする。お菓子も持っていない。
とてとてやってきて真っ先にひた、とシカマルの額に手を当てる。
「うわー、すっごい熱だよシカマル」
「はあ?!」
俺は驚いてチョウジを見やる。触ってみる?って言われて俺も恐る恐るシカマルの額に
手を当てる。本当だ、スゲー熱い。
「大人しく寝てないと駄目じゃないか〜」
「……」
なんだこの恥ずかしい男は。
「あれ、ナルト顔赤いよ?どうかしたの?」
「え、何もないってばよ」
「そう、じゃシカマル運ぶの手伝ってね」
有無を言わさずにっこり笑って強制連行。何だろう、チョウジが黒く見えるんですけど…
「チョウジ大丈夫だ、歩けるから」
ぶわ、とその瞬間チョウジの背後から黒いオーラが噴出した気がした。
怖い怖い怖いなんか怖い、とりあえず逆らっちゃダメだシカマル、そして俺!
「…シカマル、肩貸すから」
とりあえずチョウジの方は見てはいけない気がして目をそらしたまま腕をとる。
今日は同期の意外な一面を見すぎてる気がする。
「悪いな、二人とも」
気まずそうに言うシカマルにまあこんな日も悪くないか、と思い直す。
「シカマルってさ、限界近くなると妙に素直で饒舌になるんだよね」
「……」
「……」
あの後いたたまれない空気を感じつつもチョウジの黒いオーラにやられて俺は
せっかくの貴重な休み1日を棒に振った。
そして後日、こっそりシカマルが一楽のラーメン奢ってくれた。
幼馴染って意外と大変なんだな。
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